会沢正志斎の『新論』は、文明史的視点を伴なった興亜論(アジア主義思想)の先駆的著作としても位置づけることができる。現在カイロ大学教授を務めるイサム・R・ハムザ(Isam R.Hamza)氏は、「日本における『アジア主義』」(『史学』2006年6月)において次のように書いている。
〈西欧列強の圧力が徐々に強まってゆくにつれ、日本の対外的危機感は次第に広まり、様々な海防論や攘夷論が著わされた。その中でも、一九世紀前半の鎖国下日本でアジアを含む世界認識の有様をうかがわせる著作は、水戸学派の会沢正志斎(一七八二~一八六三年)の名著『新論』をおいて他にはないであろう。……西欧列強の圧力への反発として当然自国の優越性の認識にむかう動きが生じてきた。会沢もそれを背景にし、世界における日本の位置付けとアジアについて、『新論』でこのように述べている。
「夫れ神州は大地の首に位す、朝気なり、正気なり
〈神州は本、日神の開きたまひしところにして、漢人、東方を称して日域となし、西夷もまた神州及び清・天竺・韃靼の諸国を称して、亜細亜と曰ひ、また朝国と曰ふ。皆、自然の形体に因りてこれを称するなり〉。朝気・正気はこれ陽となす、 続きを読む 興亜論と会沢正志斎『新論』─イサム・R・ハムザ氏の解釈
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高まるマレーシアの反米気運
アメリカの政策に反対するマレーシア国民の声が高まっている。マハティール元首相がTPP反対の立場を鮮明にして以降、TPPを推進するアメリカに対する批判が強まっている。
2014年4月下旬、オバマ大統領は、アジア歴訪の一環としてマレーシアを訪問するが、それに抗議するマレーシア国民が、4月18日に首都クアラルンプールにあるアメリカ大使館前でデモを行った。『イランラジオ』は次のように報じている。
「アメリカとマレーシアは、490億ドル以上の貿易額を有し、互いに重要な経済同盟国と見なされています。しかしながらマレーシアの人々は常に、自国を含む世界のイスラム教国に対するアメリカの政策に抗議しています。マレーシアで行われた最新の世論調査によれば、マレーシア人の多くがアメリカに肯定的なイメージを持っておらず、折に触れてアメリカの政策への抗議を示そうとしていることが明らかになっています。昨年、マレーシアを含む多くの国に対するアメリカの諜報活動が暴露され、マレーシアの人々は反米デモを行うことで、同国におけるアメリカの干渉的な政策を非難しました。さらにマレーシア政府は、両国の関係者や国家主権に影響するあらゆる諜報・監視活動に反対すると共に、マレーシア駐在のアメリカ大使を呼び出し、この問題を追及しようとしましたが、これまでアメリカ側からの回答はありません」
南宋の愛国詩人・陸游とその時代
『月刊日本』の連載「明日のサムライたちへ⑧ 我々自身が異民族支配に抵抗するために」(平成25年3月号)で書いた通り、浅見絅斎の『靖献遺言』謝枋得の章後半には、南宋滅亡に至る、南宋と金との交渉過程が描かれている。
ツングース系の女真族を統一した阿骨打が、中国北部に金を建国したのは一一一五年のことだった。そして一一二六年、宋は「靖康の変」で金に敗れて華北を失い、都を臨安(杭州)に移す。これ以降が南宋の時代である。
南宋では金との戦争を継続して失地を回復しようと主張する主戦派と、戦争を停止しようと主張する講和派とが対立していた。一一三〇年に金から還った秦檜は講和を唱える。これに対して、一一三五年二月には、主戦派の張浚が宰相に就く。しかし、一一三七年九月に失脚し、国論は講和に傾いていく。一一四二年には、淮河を国境とし、宋から歳貢として銀・絹を金に納めるという屈辱的な購和を結ぶに至る。これ以後、南宋の政権は専ら秦檜一人の手に握られ、一一五五年檜が死んでからも、そのグループによって政治が行われたため、和平の方針は変らなかった。 続きを読む 南宋の愛国詩人・陸游とその時代
ジャパンハンドラーからもダメ出し─アメリカとの摩擦を覚悟せよ!
アショーカ王─友愛の精神による統治
「正義の法」による勝利
寛容の精神を備えた指導者アショーカ王の精神は、インドの平和主義の理想として継承されてきた。
例えば、インディラ・ガンジーは、著書『私の真実』において、次のように述べている。
「私たちの目標は、力の均衡を権力のためにではなく平和のために役立てることなのです。友愛の精神は、陰謀を挫折させる力です。印度の歴史を見れば、仏陀の、またアショーカ王の時代から、マハトマ・ガンジーの、および、ジャワハルラル・ネルーの時代まで、これこそが常にわが国の政策であったことがわかります」 続きを読む アショーカ王─友愛の精神による統治
ムクリズ・ウォッチ
現在マレーシアのクダ州首相を務めるムクリズ(Mukhriz)氏は、マハティール前首相が下院議員に初当選した1964年に三男として生まれた。
マハティール元首相がルック・イースト政策を打ち出した1981年に、同政策を実践する形でムクリズ氏は日本に留学している。上智大学で経営管理を専攻、1987年まで在籍していた。1989年にはボストン大学で国際マーケティングの学位を取得、東京銀行(現東京三菱銀行)のクアラルンプール支店勤務を経て、実業家として独立した。Opcom Holding会長を務めてきた。 続きを読む ムクリズ・ウォッチ
忘却された経済学─皇道経済論は資本主義を超克できるか 四
四、成長するための生産=「むすび」
皇道経済論者は、人間もまた、宇宙の創造に参画すべき存在と考えた。「むすび」の思想に基づいて、この点を強調したのが、作田荘一であった。彼は、古事記や日本書紀などの古典によって、わが国独自の道の真髄を悟り、「創造そのことを以て生活の宗旨となし、『むすび』の道を以て万事を統べ貫き、而も斯の道を行ふものが億兆心を一にする全体であることは、我等の古ながらの変りなき尊い伝統である。…『むすび』の道に随ふとき、始めて労働神聖の意義が明らかとなり、その実現が保証される」とむすびを強調した[i]。
一方、古神道に没入した東京帝大教授の筧克彦は、皇産霊神(高皇産霊神と神皇産霊神)は、創造、化育、生成を行う神様であり、人間の各々も創造、化育、生成の働きを、皇産霊神の下に行っていると説いた。
筧の影響を受けた、農本主義者の加藤完治もまた、創造とは、我々が物を作るときに、命のない物に、我々の命を叩き込む、我々の魂をその中に入れることだと述べた。そして、化育とは、命のあるものと命のあるものとが向き合って一方の命が他の命を刺激し、これによって円満完全に発展させることだとした。彼は、「磨かれた精神を以て相手の生物に対する場合、相手は立派になる、相手を立派にするべく努力するその時の又此方の魂が磨かれて行く」とも述べている[ii]。 続きを読む 忘却された経済学─皇道経済論は資本主義を超克できるか 四
忘却された経済学─皇道経済論は資本主義を超克できるか 二
二、神からの贈り物と奉還思想
「君臣相親みて上下相愛」する国民共同体を裏付けるものは、わが国特有の所有の観念である。皇道経済論は、万物は全て天御中主神から発したとする宇宙観に根ざしている。皇道思想家として名高い今泉定助は、「斯く宇宙万有は、同一の中心根本より出でたる分派末梢であつて、中心根本と分派末梢とは、不断の発顕、還元により一体に帰するものである。之を字宙万有同根一体の原理と云ふのである」と説いている。
「草も木もみな大君のおんものであり、上御一人からお預かりしたもの」(岡本広作)、「天皇から与えられた生命と財産、真正の意味においての御預かり物とするのが正しい所有」(田辺宗英)、「本当の所有者は 天皇にてあらせられ、万民は只之れを其の本質に従つて、夫々の使命を完ふせしむべき要重なる責任を負ふて、処分を委託せられてゐるに過ぎないのである」(田村謙治郎)──というように、皇道経済論者たちは万物を神からの預かりものと考えていたのである。
念のためつけ加えれば、「領はく(うしはく)」ではなく、「知らす(しらす)」を統治の理想とするわが国では、天皇の「所有」と表現されても、領土と人民を君主の所有物と考える「家産国家(Patrimonialstaat)」の「所有」とは本質的に異なる。 続きを読む 忘却された経済学─皇道経済論は資本主義を超克できるか 二
頭山満─維新・興亜陣営最大のカリスマ
南洲の魂を追い求めて─終生の愛読書『洗心洞箚記』

大正十年秋、後に五・一五事件に連座する本間憲一郎は、頭山満のお伴をして、水戸の那珂川で鮭漁を楽しんでいた。船頭が一尾でも多く獲ろうと、焦りはじめたときである。川の中流で船が橋に激突、その衝撃で船は大きく揺れ、船中の人は皆横倒しになった。そのとき、頭山は冬外套を着て、両手をふところに入れていた。
「頭山先生が危ない!」
本間は咄嗟に頭山の身を案じた。川の流れは深くて速い。転覆すれば命にかかわる。
ところが、本間が頭山を見ると、頭から水飛沫を被ったにもかかわらず、ふところに手を入れたまま、眉毛一つ動かさず悠然としている。驚きもせず、慌てもせず、いつもの温顔を漂わせていたのである。「これが無心ということなのか」。
この体験を本間は振り返り、頭山が大塩平八郎の心境に到達していたものと信じていると書き残している。大塩は天保三(一八三二)年、中江藤樹の墓参の帰り、琵琶湖で暴風に遭い、転覆の危機に直面した。このときの教訓を大塩は、その講義ノート『洗心洞箚記』に記している。 続きを読む 頭山満─維新・興亜陣営最大のカリスマ
G15(途上国15カ国グループ)
グローバル企業支配に抗するG15とは何か?
ISDS(Investor-State Dispute Settlement、投資家対国家の紛争解決)に象徴すれるように、国家に対するグローバル企業の優越という流れが強まりつつある。
こうした中で、先進国支配に抗し、南北格差の是正に取り組んできたのが、G15(途上国15カ国グループ)である。

G15とは、G8の途上国版ともいいうる会議で、非同盟諸国会議に属する主要途上国による定期会議のことである。1990年6月にマハティール首相(当時)の提唱で第1回会議が開催された。途上国の発展のための経済グループとしては、G77があるが、その結集による力は軽視できないものの、参加国が多過ぎ、小回りがきかないという欠点も指摘されてきた。その点、G15では、突っ込んだ議論が可能で、緊急の問題について討議できるなどの機動性がある。
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