本書は、小誌編集長による待望の新著である。
大アジア主義を語る上で、大川周明は避けて通れない人物だ。大川の特異な性格は、他のアジア主義者が、西欧列強の植民地主義に対して、地政学的な観点からアジアとの連帯を説くことが多かったのと異なり、宗教的・文明論的な深層に根ざした思想からアジア主義を唱えた事にある。そうした大川の真面目を明らかにしたのが本書だ。
大川は、押川方義、松村介石、村井知至らから神人合一、万教帰一思想の影響を受けた。それのみか、インド哲学やイスラム神秘主義、神智学、キリスト教神学、そして儒教に至るまで古今東西に亘るあらゆる宗教哲学を修めている。
しかし普遍主義を究めるなかで、大川は日本回帰を遂げていく。それは例えばシナの唐宋文化や儒教を最も受肉化したのは日本である様に、日本は日本らしさを発揮することで真の普遍主義に到達できると考えたからである。日本精神に開眼した大川が平泉澄教授の歴史観から影響を受けていた事も興味深い。かくして大川は徹底した日本主義の精神の普遍化としてアジアの道義的統一を唱えていった。
本書で特に興味深いのは、アジア主義の現代的可能性の模索として、中国共産党と儒教との親和性や、現代中国の哲学者による、古代中国の世界観である「天下」概念を用いた中華思想の再構築(「新天下主義」)の試みを紹介している点である。
本書は、大川が昭和19年の終戦間際に出版した短編『新亜細亜小論』を収録している。本論から滲み出ているのは、本来提携すべき日中が開戦の止むなきに至ったアジア文明の悲劇への慙愧の念である。本論で大川は、「新東亜秩序建設のための戦なるに拘らず、最も悲しむべき事実は、独り支那多数の民衆のみならず、概して亜細亜諸国が吾国に対して反感を抱きつつある一事である」と述べている。
日中両国の関係が険悪化するなか、目先の地政学ではなく思想的基盤に立った議論が求められている。その上で本書は、最良の手掛かりを提供するだろう。
(折本龍則)
