「数多の支那人を患家に持つ当病院(西田病院)と、それから盛京時報社、この両者こそ真の日支親善の実行者であらう」(奉天を視察し/若宮二郎、大久保英久、宮澤敝七、川瀬徳男「白樺の口吻」『東亜同文書院大旅行誌 第二十一巻 足跡』第二十六期生、昭和五年)
■荒尾精─皇国の天職としての興亜を追い求めた
■近衛篤麿─東亜同文書院に込めた中国保全の志
■大倉邦彦と東亜同文書院
■書院の建学精神を体現した石射猪太郎
■中山優の王道思想
■東亜同文書院大旅行
■東亜同文書院大旅行誌
■『東亜同文書院大旅行誌 第21巻 足跡』
■日支親善の実行者『盛京時報』
■「日支提携の先鋒たらしめん」馬場鍬太郎(東亜同文書院第18期旅行記念誌序文、大正10年5月)
■東亜同文書院卒業生と主体的外交思潮
■丸紅の対中ビジネスの礎を築いた春名和雄