「日本人」カテゴリーアーカイブ

中山優関連文献

書籍

著者 書籍写真 書名 出版社 出版年 備考
中山優 中山優選集 中山優選集刊行委員会 1972年 東と西─思想論,中国論,日本論,故師近友─人物論,往事茫茫─自叙感懐等
中山優 中国の素描 明徳出版社 1957年 師友選書 第11
大川周明他 復興アジア論叢 國際日本協會 1944年 中山優「復興アジアと支那民族」服務
中山優 支那論と隨筆 刀江書院 1940年
中山優 東亜連盟への途 大民社出版部 1940年 大民文庫 1 続きを読む 中山優関連文献

宮崎滔天と孫文

孫文訪問時の様子を再現

熊本県荒尾市にある「宮崎兄弟資料館」には、宮崎兄弟に関する貴重な資料が展示されている。宮崎兄弟の父政賢は天性の自由を愛し、名利を憎み、母佐喜は「畳の上に死するは男子何よりの恥辱」と教えたという。こうした父母の教育が、「自由民権に散った天性の革命児」八郎、「土地復権を生涯の使命とした哲人」民蔵、「理想の国を中国革命にみた思想家」彌蔵、「孫文を助け、革命に挺身した侠の人」滔天(以上、資料館紹介)という、いずれも高い志を持ち、それぞれ個性にあふれた人物を生んだ。


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満川亀太郎関連文献

書籍

著者 書籍写真 書名 出版社 出版年 備考
長谷川雄一、今津敏晃、クリストファー・スピルマン編 満川亀太郎書簡集―北一輝・大川周明・西田税らの書簡 論創社 2012/07
満川亀太郎著、長谷川雄一、福家崇洋クリストファー・スピルマン編 満川亀太郎日記―大正八年‐昭和十一年 論創社 2010/12
満川 亀太郎 ユダヤ禍の迷妄 書肆心水 2007/05
満川亀太郎著、長谷川雄一編・解説 三国干渉以後 論創社 2004 (論創叢書 4)
拓殖大学創立百年史編纂室編 下 滿川龜太郎 : 地域・地球事情の啓蒙者 拓殖大学 2001
拓殖大学創立百年史編纂室編 上 滿川龜太郎 : 地域・地球事情の啓蒙者 拓殖大学 2001
満川亀太郎著 三国干渉以後 伝統と現代社 1977
満川亀太郎著 三国干渉以後 平凡社 1935   続きを読む 満川亀太郎関連文献

川面凡児の禊行を体験

 古神道の大家、川面凡児の禊行を体験するため、筆者は2010年6月6日早朝、東京都練馬区にある稜威会本部道場を訪れた。
川面が谷中三崎町に「大日本世界教・稜威会」を設立したのは、明治39年春。「信仰を統一し、解釈を統一し、実行を統一し、世道を解頽を救ひ、人身の腐敗を救ひ、以つて個人を統一し、家庭を統一し、国家を統一し、世界宇宙を統一し、各自按分平等の自由幸福平和を獲得せしめん」とその目的を掲げた。本部は大正12年に大久保に移転し、川面没後の昭和17年に現在の練馬区関町へ移った。禊祓道場が新築落成されたのは、平成3年である。武蔵関公園に隣接する敷地は、豊かな自然に恵まれ、修行に相応しい場所だ。 続きを読む 川面凡児の禊行を体験

橋本増吉関連文献

 橋本増吉(1880~1956年)は、明治13年6月12日に長崎県で生まれ、東京帝大を卒業。慶應大教授を経て、東洋大学長に就いた。古代日中関係、中国古代の天文・暦法の研究で業績を残した。

書籍

著者 書籍写真 書名 出版社 出版年 備考
橋本増吉 邪馬臺国論考 3 平凡社 1997 (東洋文庫 620)
橋本増吉 邪馬臺国論考 2 平凡社 1997 (東洋文庫 616)
橋本増吉 邪馬臺国論考 1 平凡社 1997 (東洋文庫 613)
池内宏、矢野仁一、橋本増吉、浜田耕作 東洋歴史大辞典 縮刷復刻版 臨川書店 1986
橋本増吉 支那古代暦法史研究 東洋書林 1982   続きを読む 橋本増吉関連文献

近衛篤麿関連文献

書籍

著者 書籍写真 書名 出版社 出版年 備考
李廷江編著 近衛篤麿と清末要人 : 近衛篤麿宛来簡集成 原書房 2004年4月 明治百年史叢書 456
山本茂樹 近衞篤麿 : その明治国家観とアジア観 ミネルヴァ書房 2001年4月 MINERVA日本史ライブラリー 10
工藤武重 近衛篤麿公 大空社 1997年5月
近衛篤麿著、近衛篤麿日記刊行会編 近衛篤麿日記 別巻 鹿島研究所出版会 1969年
近衛篤麿著、近衛篤麿日記刊行会編 近衛篤麿日記 第5巻 明治35-36年及び書類・書簡総目録 鹿島研究所出版会 1969年   続きを読む 近衛篤麿関連文献

皇道翼賛青年連盟

近衛新体制下の維新陣営の団結

穂積五一

三上卓先生は、近衛新体制運動が動き出す中で、昭和15年7月初旬、七生社の穂積五一らと日本主義陣営の横断的組織の結成に動き、同年8月16日 学士会館にて「翼賛体制建設青年連盟」(後に皇道翼賛青年連盟と決定)を結成することを決めた。 『葦牙─青春の軌跡』(昭和60年)によると、「翼賛体制建設青年連盟」は以下のような体制でスタートした。 続きを読む 皇道翼賛青年連盟

EAECを支持した古川栄一

 

元外務官僚の古川栄一は、『貿易と関税』、『世界週報』、『諸君!』等を舞台に、1990年にマハティール首相が提唱した東アジア経済会議(EAEC)構想を支持する言論活動を展開し、志半ばで斃れた。古川は、1953年外務省入省、在タイ大使館参事官を経て、国連アジア太平洋開発センター副所長を務め、1991年に日本国際戦略センターを設立した。
1997年12月に「ASEAN+日中韓」(ASEAN+3)首脳会議がクアラルンプールで開催された際の日本政府の混乱について、古川は次のように書いている。 続きを読む EAECを支持した古川栄一

興亜論者とロシアの宗教的思想

大川周明の道徳観形成にも影響を与えたロシアの思想家ウラジミール・ソロヴィヨフ(Vladimir Solovyov)は神秘主義の哲学的解明をテーマに独自の思想を展開した。彼は、1875年にはインド哲学、グノーシス哲学、、中世哲学を研究するためにロンドンに留学している。 続きを読む 興亜論者とロシアの宗教的思想

大アジア協会

アメリカの排日移民法に対する反発が一気に高まる中で、大正13(1924)年7月10日、アジア民族策協議会の会合が政友ビルジング・ホールで開催され、この場で大アジア協会が発足した。当日の参加者には、大石正巳、岡崎国臣、小川平吉、上杉慎吉、秦豊助、岩崎勲、井上敬之助、田中善立らが参加していた。

当日決まった大アジア規約は以下の通り。

第1条 本会は大アジア協会と称す
第2条 本会は大アジアの発達を図り以て世界の平和と全人類の福祉に貢献することを目的とす
第3条 本会は総本部を東京におき本部または支部をアジア各地におく
第4条 本会は発起人及び賛成人を以て組織す
第5条 本会は世話役並びに相談役を以て会務を進行す
第6条 本会は必要に応じ顧問、嘱託、講師をおくことを得
第7条 本会の経費は会費及び寄付金を以てこれに充て、会計年度を4月1日より翌年3月31日までと定む
会計に関する事務は世話役これを取扱ふ
第8条 本会は春秋2期に定期大会を開き必要に応じ臨時大会を開く

(『報知新聞』1924年7月11日付)。