「日本人」カテゴリーアーカイブ

弁天町の宗参寺に墓参─「明日のサムライたちへ」取材記録

『月刊日本』の新連載「明日のサムライたちへ 志士の魂を揺り動かした十冊」の一冊目(山鹿素行『中朝事実』)執筆のために、平成24年7月14日午後、新宿区弁天町の宗参寺に、素行先生のお墓にお参りしてきました。法名は「月海院殿瑚光浄珊居士」。

明治40年12月29日、ここで乃木大将が祭文を奏上しています。

左側には、立派な梅の木があります。これは乃木大将遺愛の「春日野」で、乃木の殉死後、遺族によってここに移植されたものです。

学習院に保存される「乃木館」─「明日のサムライたちへ」取材記録

『月刊日本』の新連載「明日のサムライたちへ 志士の魂を揺り動かした十冊」の一冊目(山鹿素行『中朝事実』)執筆のために、乃木希典大将ゆかりの地を訪れました。
明治40年1月、学習院長に任ぜられた乃木は、全寮制を布いて、生徒の生活の細部にわたって指導す
る方針を打ち出し、翌年9月に寄宿舎が完成しました。乃木は自宅へは月に一、二度帰宅するだけで、それ以外の日は寮に入って生徒たちと寝食を共にし、その薫陶に当たりました。乃木の居室であった総寮部は「乃木館」として保存され、昭和19年頃、現在の目白キャンパス内に移築されました。
『月刊日本』編集部の杉原悠人君(学習院卒)の案内で、学習院大学を訪れ、乃木館に向かいました。筆者が乃木館の前に立つと、『中朝事実』を手にし、全身全霊で生徒を指導する乃木院長の姿が目に浮かびました。

 服部純雄の『乃木將軍: 育英の父』には、日曜日、寮の談話室に有志を集めて乃木が『中朝事実』を講義した様子が描かれています。
 「要は、わが日本国体本然の真価値、真骨髄をじゃな、よくよく体認具顕し、その国民的大信念の上に、日本精神飛躍の機運を醸成し、かくして新日本の将来を指導激励するということが、この本の大眼目をなしておるのじゃ」

『維新と興亜に駆けた日本人』の書評(2012年7月)─評者・山下英次氏/『新国策』

書評
真の「独立」について再考を促す書

坪内隆彦著『維新と興亜に駆けた日本人─今こそ知っておきたい二十人の志士たち』(展転社、二〇〇〇円)

評者 山下英次■大阪市立大学名誉教授

 本書は、藩閥政治によって、損ねられていた明治維新の建国の理想を取り戻そうとして活動したわが国の主要な思想家二十人を紹介することを通じて、独立心を持った本物の日本人像を浮かび上がらせようとしたものである。具体的には、西郷隆盛、副島種臣、杉浦重剛、頭山満、植木技盛、陸羯南、荒尾精、岡倉天心、近衛篤麿、杉山茂丸、宮崎滔天、内田良平、等々の志士たちが取り上げられている。

 著者が、これらの志士たちが共通して持っている思想上の信念としてみているのは、以下の三点と思われる。第一は、明治維新後の行き過ぎた西洋かぶれ路線を修正し、外交の主体性を取り戻す。第二に、そのためには、日本は興亜に尽くすべきである。第三に、国学、陽明学、崎門学、水戸学など江戸期以来の国体思想を継承する。

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南部靖之氏と前原誠司氏

小泉・竹中によって進められた新自由主義路線によって労働者派遣法が改悪された。
小泉政権下の2002年4月、人材派遣大手パソナ・グループは、防衛庁職員26万人の福利厚生業務を防衛庁共済会より一括受託している。
民主党政権は、労働者派遣法を正常に戻すことを目指していたが、結局骨抜きにされた。
この背景に何があったか。その一つとして指摘されているのが、パソナの南部靖之氏と前原誠司氏のただならぬ関係である。
関係者によると、前原氏の妻、愛里夫人は、かつてパソナに勤務し、しかも南部氏の秘書を務めていた。愛里夫人は、創価短大出身で、創価学会とのパイプがパソナ、前原氏の双方に生まれた格好になっていた。

蒲生君平『山陵志』①


天皇陵の位置が不明確であったり、荒廃したりしている現状を嘆き、陵墓特定のための調査に挺身した蒲生君平は、文化5(1808)年にその成果をまとめて『山陵志』を完成させた。水戸斉昭が天保11(1840年)年、光格天皇の崩御に際して、幕府に対し山陵再興と謐号復活を提唱したのも、『山陵志』の影響と見られる。
君平は『山陵志』において次のように書いている。
「山陵というのは、祖先のみたまやと同じなのである。これがなければ、人民としては何を仰ぎ、何にお詣りしたらよかろうか。
人民たるものが、山陵を仰いでこれを祭ればこそ、国家としての礼文もまた盛んになるのである。だから王朝時代には、刑罰を定めた法令に、山陵を破壊する者は、これを謀大逆といって、八大重罪の一つに指定されていた。それは、大赦も許されぬほどの重い刑罰なのである。これこそ君主たる者が、その至孝の徳をもって、天下を治めるための拠りどころである。どうして謹み敬わないでよかろうか〉(安藤英男口語訳) 続きを読む 蒲生君平『山陵志』①

伊藤貫著『自滅するアメリカ帝国』の書評



恐らくそうなのだろうと考えていたことを、ズバリと言ってくれた。そんな爽快感を与えてくれる一冊である。著者の伊藤貫氏はアメリカ在住の戦略家で、アメリカ国務省や国防総省の官僚から入手した情報に基づいて重大な事実を暴露していく。
一九八九年の冷戦終結に合わせて、ジェームズ・ファローズは「日本封じ込め」と題した論文を発表していた。当時、日本異質論者などと呼ばれた彼らの主張は日本でも注目されたが、アメリカ政府の考え方とは一線を画する異端者の論説として扱われていたように思う。
ところが、伊藤氏は一九九〇年にブッシュ(父)政権のホワイトハウス国家安全保障会議が「冷戦後の日本を、国際政治におけるアメリカの潜在的な敵性国と定義し、今後、日本に対して封じ込めを実施する」という政策を決定していた事実を明らかにした。この事実を伊藤氏は、国務省と国防総省のアジア政策担当官、連邦議会の外交政策スタッフから聞いていたという。また、ペンタゴン付属の教育機関であるナショナル・ウォー・カレッジ(国立戦争大学)のポール・ゴドウィン副学長も、伊藤氏に「アメリカ政府は、日本を封じ込める政策を採用している」と明かしたという(57、58頁)。 続きを読む 伊藤貫著『自滅するアメリカ帝国』の書評

天日・天照大神・天皇の三位一体に基づく現人神天皇観の誕生

 前田勉氏は、『近世神道と国学』において、次のように書いている。
 〈…(玉木)正英の神籬=「日守木」解釈は、…天照大神の霊魂は今もなお天皇と「同床同殿」に生きているという神器観に、…橘家神軍伝の「大星伝」とが結びつくことによって、新たに創出されたものではなかったか。それは、文字通り天日と天照大神と天皇の三位一体にもとづく現人神天皇観の誕生を意味していた。
 さらに正英の神籬解釈の特筆すべき点は、「日守木」の「日」を守護する忠誠とは、現人神天皇への忠誠であったことである。正英において忠誠とは、現人神天皇への忠誠であって、それを超えた普遍的な道徳的原理に根拠づけられたものではなかった〉
 そして前田氏は、是非分別せず、ひたすらに天皇に帰依する、天皇への被虐的ともいえる絶対的忠誠のモデルにされたのが楠木正成であるとする(160、161頁)。

天皇の有徳・不徳と万世一系性の矛盾を解いた玉木正英

 前田勉氏は、『近世神道と国学』において、次のように書いている。
〈…(玉木)正英は、天皇の有徳・不徳と万世一系性の矛盾という闇斎学派の人々の喉元に突きつけられていたアポリアに、彼独自の三種の神器観を媒介にして、ひとつの明快な答えを提出した。正英の弟子若林強斎によれば、それは次のようなテーゼである。
橘家三種伝の内、上に道有るは、三種霊徳、玉体に有り。上に道無きは、三種霊徳、神器に有るなり。故に無道の君為りと雖も、神器を掌握すれば、則ち是れ有徳の君なり。神器と玉体は一にして別無きなり。

(『橘家三種伝口訣』)

 天皇が有徳の君主であれば、「三種霊徳」は天皇の「玉体」にある。しかし、天皇が不徳である場合、「三種霊徳」は「神器」にある。だから、不徳の天皇であっても三種の神器を掌握している限り、「有徳の君」であるという。ここでは、三種の神器の「霊徳」の不可思議な権威が天皇の有徳・不徳以上に重んじられる。普遍的な道徳以上に、天皇の万世一系性が三種の神器の「霊徳」を根拠に強調されているのである。このような三種の神器観は「垂加派の独創」(加藤仁平氏)とされる」