「日本人」カテゴリーアーカイブ

『強斎先生雑話筆記』研究会①

 折本龍則君とともに継続してきた『靖献遺言』研究会の新たな展開として、若林強斎の発言を高弟山口春水がまとめた『強斎先生雑話筆記』の研究会を、開始します。
テキストは、『神道大系 垂加神道 下』(近藤啓吾先生校注)に収められたものを使用します。

佐々木実「竹中平蔵氏の正体」英訳

 以下は、『月刊日本』2013年7月号に掲載された佐々木実氏のインタビュー記事「竹中平蔵氏の正体」の全文英訳です。

A True Picture of Heizo Takenaka

 Minoru Sasaki, journalist

Heizo Takenaka as Seeker of Regulatory Reform in the Field of Labor

NIPPON: In your book Shijo to kenryoku [Markets and Power] (Kodansha), you focus on depicting the real Heizo Takenaka. The book is full of suggestions for people who wonder just how it was that neoliberalism came to be introduced to Japan.

SASAKI: Takenaka said at the first meeting of the Industrial Competitiveness Council (ICC) on January 23, 2013, that “there is no magic wand for growth strategy; regulatory reform that gives corporations freedom and makes them more muscular is the first element of growth strategy.” The following day, Prime Minister Shinzo Abe proclaimed the necessity of regulatory reform using a manner of speaking that followed Takenaka’s statement almost to the letter. It was a scene that was symbolic of the closeness between Prime Minister Abe and Takenaka.

Takenaka had played a major role during the years of the Koizumi administrations. He was subsequently the subject of various criticisms, and during the years of the Democratic Party of Japan administration it seemed for a moment that he might have become a has-been. However, he survived, was picked up by Prime Minister Abe, and is now the leading neoliberal ideologist.

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水戸学の日中同盟論

 高須芳次郎は『日本精神とその展開』(大東出版社)において、会沢正志斎と興亜思想の関係について、以下のように書いている。
〈…会沢正志斎は「アジヤ人のアジヤ」を主とすべく、日支同盟論を唱えたことがある。彼は西力東漸を防ぎ、またロシヤの南下を喰ひ留めるには善隣の誼ある支那と同盟し、こゝにアジヤの勢力を固めるのが肝要だとした。この点、正志斎の主張は、全く興亜を主眼としたもので、英国の印度侵略、支那蚕食を非とし、これに対しては、好感を表してをらない。……謹しんで惟ふに、明治元年に御発布になつた五箇条の御誓文は、興亜の大目的を実現せんとする御恩召に出たものと拝察する。そのうちで「広く会議を興し万機公論に決すべし」と宜ひ「知識を世界に求め大に皇基を振起すべしにと仰せられたのは、日本の実力を充実して、興亜の偉業を完成せられんとする重要事を御垂訓なされた御言葉であると思はれる。更に御宸翰において、尊い御決意のほどを仰せ出され、
「朕茲ニ百官諸侯ト広く相誓ヒ、列聖ノ御偉業ヲ継述シ、一身ノ艱難辛苦ヲ問ズ、親ラ四方ヲ経営シ、汝億兆ヲ安撫シ、遂ニハ万里ノ波濤ヲ開拓シ、国威ヲ四方ニ宣布シ、天下ヲ富岳ノ安キニ置ンコトヲ欲ス。」
と堂々、壮大・雄偉の御精神を表明せられたのである。かうした方針のもとに、皇国日本の皇威は四方に発揚せられ、いつも「東洋永遠の平和」維持に主点を置かれた。惟ふにそれは、アジヤ人のアジヤを完成して、共存共栄を計り、日本がその指導者として、新秩序、新文化を創造することを天職とすることに帰するのである。〉

「日満支の統一」は共通の原理で!─山田光遵『東洋国家倫理の原理と大系』

 山田光遵は昭和16年に刊行した『東洋国家倫理の原理と大系』(中文館)において、「興亜論」の一節を割いて、以下のように主張した。
 〈日満支三国が精神を同じうする事の為にはこの三国を通ずる精神の把握に先立つて、この三国を通ずる教の問題を考察せねばならぬ。精神は教から浸み出るものであるからである。日満支の文化の交流はすでに数千年の古に始まる所である。就中孔子教は支那をして支那たらしめたると共に日本をして日本たらしめた中枢的精神文化である事を思ふ時、日満支を通ずる精神を論ずるに当つて、先づ儒教に注目せねばならぬ。……然しながら現代我が国教学の中枢精神は儒教倫理そのまゝのものではなく、況んや全体主義の如き国家的利己主義ではなく、儒教倫理が中枢となりながら、而もそれが世界人類の不動の平和を目標とする所の八紘一宇の倫理にまで積極化、大乗化せられたものである事は刮目して見なければならぬ点であつて、アジヤの倫理は正にかゝる意味に於ける八紘一宇の倫理なる事を確信しなければならぬ。而してこの八紘一宇の同家倫理は結局興亜の原理として、日満支の統一原理として働くべきものであるが、それは各三国を離れた、或はそれらを超越してそれらを總括すると謂つたやうな原理ではなくて、各三国の内に内在し、それらを貫く枢軸であり、而もそれらに共通の原理たるべきでありて、彼の国際公法的な、外的強制的結合原理であつてはならぬのである。……即ち支那は支那として、満洲国は満洲国として、日本は日本として生々発展しつゝ而も一となつてアジヤ精神の中に活きて行かねば合体の意昧をなさぬのである。 続きを読む 「日満支の統一」は共通の原理で!─山田光遵『東洋国家倫理の原理と大系』

吉田三郎『興亜論』目次

 昭和19年に「日本思想戦大系」シリーズとして刊行された吉田三郎『興亜論』の目次を掲げる。

 

第一章 皇国の伝統と興亜の理念/1
一、神勅奉行の聖業/1
二、興亜先覚の経綸/16
三、荒尾精と楽善堂の志士達/26
四、東亜経綸の根本義/49
第二章 米英亜細亜侵略の由来/59
一、近代西洋の成立とその東漸/59
二、イギリス人の日本渡来/71
三、東亜に於けるアングロ  サクソン勢力の瀰漫/87
第三章 大東亜建設をめぐる世界の情勢/113
一、盟邦独伊の現状/113
二、米英の思想的新攻勢/133
三、アングロサクソン民族の残虐性/147
第四章 興亜政策の現実的問題/165
一、大東亜共栄圏建設の目標/165
二、亜細亜の資源とその開発/173
三、我が対支新政策の樹立/197
四、中国新国民運動の展開/212
五、民族的伝統の尊重/224
六、満洲国及び朝鮮の問題/242
第五章 皇国の使命と現代教育の反省/257
一、指導者たる者の心構へ/257
二、「家」の教育/271
三、青年指導の問題/287
四、現代青年の覚悟/305

東アジア共同体の真の意味

 アジアの歴史的伝統には普遍的な価値がある。このことを確認する上で、極めて示唆に富む指摘をしているのが、「東アジア共同体論の課題と展望」と題した小倉和夫氏の論稿である。ここで小倉氏は、次のように書いている。
「……現在別の新しいアジアという概念が必要となってきているのではないか。それは、人権や民主主義といった、いわゆる世界的ないし普遍的な価値の問題と関連している。こうした価値が西洋的なものではなく、むしろアジアの歴史的伝統のなかにすでに存在していたことを根拠だてるという意味で、アジアという概念が使われる時代に突入しているのである。
すなわち、世界的な、あるいは普遍的価値を生んできたと考えられている空間から、「西洋」という記号を剥奪する、そのための概念としてアジアという概念が登場しうる時代に突入している。言いかえれば、アジアこそがこれからの世界に、ある意味では人類普遍の価値観を普及させていく、ひとつの原動力となりうるのだというかたちのアジア論である。……こう考えると、東アジア共同体が機能的に成立しつつあり、東アジアにひとつの経済的な共同体が生まれていく方向が出てくるとすれば、その東アジア共同体は、東アジアの各々の国、あるいは東アジア共同体そのもののために存在するのではなく、国際社会、世界全体のために存在することになる。アジアが世界全体のために責任をはたしていく、そのための核として機能していくところに東アジア共同体の真の意味があるといえるのではなかろうか」
同論稿は、2010年6月に刊行された『平城遷都1300年記念出版 NARASIA 東アジア共同体? いまナラ本』に収録されている。