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大夢館創立50周年 第43回(平成28年度)大夢祭のご案内


合掌 昭和七年五月十五日、三上卓先生ら先達は、昭和維新を目指して蹶起しました。それから八十四年の歳月が流れました。ところが、わが国は真の独立を回復できないまま、内外の危機が深刻化しています。蹶起の二年前、「民族的暗闇を打開し、開顕しうるものは、青年的な情熱以外にはない」との確信に基づき三上先生が佐世保の軍港で作ったのが「青年日本の歌」(昭和維新の歌)です。現在の危機を打開するために、今ほど青年的情熱が求められる時代はないと、私たちは信じております。
維新の精神の発揚を目指し、次の通り第四十三回(平成二十八年度) 大夢祭を開催いたします。
敗戦によって占領下に置かれたわが国は民族的自覚、國體に対する誇りを喪失し、植民地的属領国家の様相を呈しました。この状況を打破せんとして、昭和維新の精神を継ぐべく、多くの先覚者たちが身を挺して立ち上がって参りました。昭和三十五年十月十二日に浅沼稲次郎を誅し、同年十一月二日に自決した山口二矢烈士。昭和四十五年十一月二十五日に自衛隊決起を呼びかけた末、自決した三島由紀夫烈士と森田必勝烈士。平成五年十月二十日、朝日新聞の報道姿勢を糾さんとして、壮絶な自決を遂げた野村秋介烈士。さらに多くの先達が維新運動に挺身して参りました。
本祭祀を、五・一五事件で斃れた犬養毅、官邸護衛の警視庁巡査・田中五郎の英霊、昭和維新を願って蹶起した三上先生はじめ、これに連なる多くの先輩同志同胞にとどまらず、維新運動の先覚者の御霊をお祀りし、その志を受け継ぐ場にしたいと存じます。
恒例の筑前琵琶・演目「西郷隆盛」(宮下旭菖)を奉納いたします。
「大夢」とは三上先生の号です。本年は花房東洋が三上先生の悲願を継承し、大夢館を創立してから五十年の節目の年に当たります。どうか、一人でも多くの方にご参列いただけますよう、心よりお願い申し上げます。

再拝
平成二十八年四月

日時 平成28年5月15日(日)
受付 午前11時半
開会 正午
直会 午後1時30分

場所
大夢祭 岐阜護国神社

(岐阜市御手洗393 電話058─264─4321)長良川畔南岸
直会 岐阜ワシントンホテルプラザ スカイルーム

(岐阜市神田町7─7─4 電話058─266─0111)JR・名鉄「岐阜駅」近く

会費 7,000円(直会費含む)

*ご参列の場合には、メールにてご連絡いただければ幸いです。
info@taimusai.com

*当日は市民清流マラソンが開催され、交通規制されております。お車またはタクシーでお越しの方は、「通行証」をご利用ください。

皇道経済論基礎文献

 

著者 タイトル 出版社 刊行年 備考
佐藤信淵 『復古法概言』 1845年刊行 (『日本経済大典』第19巻、啓明社、昭和4年)
大国隆正 『本学挙要』 1855年 (『日本思想大系 50』岩波書店、昭和48年)
佐藤信淵 『経済要録』 1859年刊行 (滝本誠一編纂『日本経済大典』第18巻、啓明社、昭和4年)
福住正兄記 『二宮翁夜話』 報徳社 明治17-20年
遠藤無水 『財産奉還論』 遠藤友四郎 大正8年
水野満年 『現人神と日本』 霊響社 昭和5年
長沢九一郎 『生産権奉還』 先進社 昭和7年
永井了吉 『皇道経済概論』 日本主義評論社 昭和8年
神野信一 『日本主義労働運動の真髄』 亜細亜協会出版部 昭和8年
昭和神聖会 『皇道経済我観』 昭和神聖会 昭和9年
作田荘一 『経済生活に於ける創造者としての国家』 日本文化協会 昭和10年
栗原白嶺 『金銀為本経済の世界的行詰りと皇道経済』 青雲荘 昭和10年
山口鋭之助 『世界驀進の皇道経済』 本学会 昭和13年
難波田春夫 『国家と経済 第三巻』 日本評論社 昭和13年
田辺宗英 『皇道経済の確立』 報国新報社 昭和13年
田村謙治郎 『日本主義経済学』 東風閣東京事務所 昭15年
石川興二 『新体制の指導原理』 有斐閣 昭15年
古川義春 『報徳生活の実践 : 肇国の精神に基く勤労・分度・推譲』 少国民社 昭和17年
皇道経済研究所 『日本主義労働』 目黒書店 昭和17年
岡本広作 『日本主義経済新論』 増進堂 昭和19年
茂木清吾 『皇道経済学』 文松堂書店 昭和19年
田崎仁義 『皇道経済』 (『史蹟叢談』大阪染料商壮年会、昭和19年)

 

長野朗関連文献

書籍

著者 書籍写真 書名 出版社 出版年 備考
武田知己・萩原 稔編   大正・昭和期の日本政治と国際秩序 思文閣出版 2014年1月 西谷紀子「長野朗の外事評論」収録
平塚益徳著/長野朗著 近代支那教育文化史/支那の反帝国主義運動 日本図書センター 2005 (中国近現代教育文献資料集 佐藤尚子他編集、3 II . 欧米諸国の在華教育事業)
長野朗編著 支那事典 復刻 日本図書センター 2003 (中国問題資料事典 第2巻) 続きを読む 長野朗関連文献

西本省三「之を如何、之を何如」より(『支那思想と現代』)

日本人自ら「如之何如之何」を繰り返すべき
 〈子日く「之を如何、之を如何と曰はざるものは、吾れ之を如何ともするなきなり」と、朱子之に註して「之を如何、之を何如とは、熟思して審かに慮するの辞なり、是の如くせずして妄りに行はゞ、聖人と雖も亦之を如何ともするなし」と。…日支は離して見ないで、渾一体に考へねばならぬものであからソレ丈け日本人は支那問題に対し、常に「如之何如之何」とて大に審慮して居るけれども、更らに天啓直示がないで支那はドーなるだらう、支那はドー経綸したら好いだらう云つてるのみである。支那人に「如之何如之何」と繰返さしむることを求むるよりも、先づ日本人が之を繰返し、上下心を一にし、王道を以て支那に臨み、徳を積むことの難有きを身体心得し、日支両国を永久に打算し、往々陥り易き小刀細工の策を罷むることにせねばならぬ、然らざれば百千の対支政策を建つるも、這は本を揣らずして其末を齊ふせんとするの類に過ぎない、何等の役に立たずして、益々日支の間を乖離せしむるのみである〉
(大正9年3月1日)

西本省三「大春秋と小春秋」より(『支那思想と現代』)

支那人の性情
 〈…支那の革命首脳者は、何れも…妥協、賄賂等を為し、彼の白耳義(ベルギー)借款を以て自ら「貪欲である」事を表示し、支那人の是等性情の変へられない点を能く曝露したではないか〉

小春秋時代の様相
 〈…春秋史を縦横に観察して、世界列国と照映し、吾人の所謂大春秋時代とも云ふべき今日の世界を見るに何れも正義人道又はデモクラシーを高調しつゝあれども、事実は之に反し、彼等の自私自利の行動は依然として絲毫も止まぬ様である、即ち小春秋時代の様に、大道癈れて仁義顕ると嗟嘆した老子の意識語と、同様な感を抱かずには居られEないのである〉
(大正9年2月23日)

西本省三「徳の力」より(『支那思想と現代』)

力より大なる徳
 〈要するに支那に於ける政府と国民、其政府と政党、其南と北、其中央と地方、其資本家と労働者、此等の対立関係を善くする者は、其オルガニゼーションを統率すべき人が、対立関係以外の力、即ち天下の道を行ふて心に得たる徳の性格を具へて居ることに在る、権力や愚民の力は乱を致すのみ、徳なるものは力の名はないが、力よりも大であるとは此処の事である〉

真の仁恕を以て眼目とする東洋
 〈然るに吾人は当地に寓居せる支那学者沈子培翁を訪ひ、談故釈宗演師と沈翁の欧州戦評に及び、其時宗演師欧戦を看る如何と問ひしに対し、沈翁が「仁ありて恕なし、但し所謂仁は我東洋の仁の一端のみ」と答へたのを想起し、西洋の仁を我仁の一端とし、恕なしとせる所を称し、欧州戦は約めて云へば各国の争覇戦にあらずやと云ふや、翁は然り然りとて盛んに其然る所以を説き…我東洋は之に反し、所謂天人合一の平等境に立てる高遠なる天地観、人生観を以て直ちに之を政治に体現せる国柄で、真の仁恕を以て眼目として立つて居る、即ち孟子が「舜は庶物を明かにし、人倫を察す、仁義に由りて行ふ、仁義を行ふにあらず」と云つて居る如く、東洋は仁義已の心に根し行ふ所皆此より出づてふ徳政で、仁義の為めの仁義で組織された国柄でない、西洋の如く圧迫や抵抗や破壊で構成された国家社会ではなひ即ち争ひを以て終始した国家社会ではない、トテも正義人道を粉飾し帝国主義を排し、事実武力的経済的帝国主義を行ふ様な国柄とは比較にならない〉
(大正9年2月23日)

西本省三「礼教の国」より(『支那思想と現代』)

滅亡を救った礼教
〈支那が夷狄から亡ぼされても、兎も角世道を維持し得て来たことは決して忘るゝ事は出来ぬ、若し支那に礼教がなかつたなら、支那は滅種の禍を見たかも知れない。滅種の禍を免れたのは、全く礼教の御蔭だとせねばならぬ〉
〈夫れ世界は物質文明大に発達し、諸般の事業愈盛んなるに連れ、貧富の懸隔愈甚しく、今回の欧州戦争の禍患は前古未曾有で、今日の過激派や労働問題の害は早や頂点に達して居る、而して通貨が膨張して物価が騰貴し、人民は生活難に苦んで居る、今日民の此難を救ふに何の法かある。所謂経済学者や所謂財政通の頭ではトテモ想起せらるゝものでなから〉

大道において日本と一致する支那

〈皇祖皇宗国を建つること宏遠に、徳を樹つること深厚なる君民合一の道徳的政体の下に立つ吾人は大道に於て吾国と一致せる支那が其最も大切なる礼教の国の名を顧みずして、徒らに欧米権利の国を真似んとして止まないのを深く遺憾とせざるを得ない〉
(大正9年2月9日)

西本省三「論語と労資問題」より(『支那思想と現代』)

東洋諸国の「君臣の義」
〈元来欧米政治の弊は其尚ぶ所権利に在り、其奨する所又武力的及経済的帝国主義に在る、而して之に物質文明の偏重を以てせる弊を加へて居る、故に君、臣を使ふるに礼を以てし、臣、君に事ふるに忠を以てし、上下の間に礼儀を以てする様な東洋諸国の国柄とは自ら其趣きを異にして居、即ち上下権利を以て相売るの弊ある欧米と、上下礼儀を以て主とする東洋とは自ら其趣きを異にして居る、欧米が過去に於ける貴族の強権より平民階級を解放し得たにも拘らす、今日貴族の強権と変らない資本主義が代りて生れた以上、礼儀なき彼の国上下に、人理を立てしむるの容易ならざる怪しむに足ない、即ち資本主義に対する労働者が衆力を恃むで貧を疾み、労資問題を醸し、更らに過激派の跋扈を来す様になつたのは、勢ひあり得べき儀で、各国が何れも此両者に困るのは又決して怪しむに足りない〉

美風善俗の逸却
 〈更らに重要なるは民国以来十三経二十四史を熟読もせず、上下礼儀を以てせる其美風善俗を逸却し、礼儀を窮窟に感ずる様になつた結果に由るのであらう、随つて真の過激派とも云へない、要するに支那には礼儀が形式に流れ、其実を失し、其弊に絶へない点があるのは、固より否むのではないが此弊があるからとて、天理の節文、人事の儀則たる礼は人類社会を維持すべき自然力で、トテも人為的に之を無にすることは出来ない、此礼儀ある国柄に向つて労資関係を悪化せしめんとする政客青年は、或は自滅の期を早める結果になりはすまい歟。〉
(大正9年2月2日)

西本省三「道と器」より(『支那思想と現代』)

政治の自然に帰れ!
〈支那の文明が退歩し、或は停滞しつゝあるは、政治の自然に基づかずして三代以後、唯統治者の私意に支配されたが為めに文明の進歩と発達を人為的に阻害し杜塞し、世界の大勢に時代後れとならしめたのであつて、文明其者は希臘羅馬以上、即ち欧米文明の淵源たる文明以上の文明的大本が四億万民族の心理中に潜勢カとなつて居る〉
(大正9年1月26日)

西本省三『支那思想と現代』(春申社、大正10年)目次

 以下は、西本省三が大正10年に刊行した『支那思想と現代』の目次。
 道と器
 論語と労資問題
 礼教の国
 徳の力
 大春秋と小春秋
 之を如何、之を如何
 支那の所謂新思想
 支那の領土問題
 人気取り政治
 黄梨洲と王船山の学生論
 支那の知識労働階級
 鄙夫患夫の語と現代
 学ばざるの黄老家
 愿民と傲民
 民心即ち天心
 支那の民本思想
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