「日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会報告書」(平成22年5月) 【上】

 令和6年の郵政民営化法の抜本改正に当り、民営化の真実を明らかにしておきたい。
 「日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会報告書」(平成22年5月)【上】。

はじめに
 官業としての郵政事業は、全国に張り巡らされた郵便局網を通じて郵便、貯金、保険の各事業による利便が全国同一条件の下で提供されることで、地方も含めた国民生活の基盤を提供し、戦後の我が国における都市と地方とのバランスのとれた経済の発展を可能にしてきた。高度経済成長の原動力となったのは、大都市周辺の重化学工業へのヒト・モノ・カネの集中がもたらした産業の発展であったが、経済成長によって生じた富を、都市だけではなく、地方にも振り向け、地域の経済振興を図る機能を果たしたのが公共事業であり、国及び自治体の予算と並んで、その重要な資金源となったのが、郵便貯金及び簡易保険として預け入れられた資金を活用して行われる財政投融資であった。
 しかし、このような戦後経済成長システムは、バブル経済の崩壊とともに行き詰り、その後の不況の長期化、深刻化の中で、経済システムの根本的な見直しを迫られることになった。こうした中、21世紀に入り、政治、経済の構造の抜本的改革による不況からの脱却への期待を受けて登場したのが小泉政権であり、その政策の目玉として掲げられたのが、戦後システムの中核を担っていた郵政事業を民営化することであった。
 政権発足の2年後の平成15年には日本郵政公社が発足し、それまで郵政事業庁による官営事業であった郵政事業は公社として独立採算の下、自律的、弾力的な運営を行うこととされた。さらに、その翌年の平成16年9月には郵政民営化の基本方針が閣議決定され、郵政民営化関連法案が国会に提出された。郵政民営化は、公的部門に流れていた郵便貯金・簡易保険の資金の流れを、他の金融機関と対等の競争条件の下で、民間金融機関としての資金運用に変えていくことで、資金の流れを官から民に転換することを主たる目的とするもので、我が国の経済社会システムそのものにも多大な影響を与えるものであった。それだけに、その是非について与党自民党内部も含めた政治対立が生じ、郵政民営化関連法案は参議院では一旦否決された。しかし、小泉首相が郵政民営化の是非を問うとして衆議院を解散し、総選挙で圧勝したことで政治対立は決着、平成17年10月に郵政民営化関連法が成立した。

 そして、平成18年1月には準備企画会社としての日本郵政株式会社(以下、「日本郵政」)が設立され、平成19年10月1日には日本郵政公社が解散し、公社の4つの機能(郵便、窓口サービス、貯金、保険)は新たに設けられた4つの事業会社(郵便事業株式会社(以下、「郵便事業会社」)、郵便局株式会社(以下、「郵便局会社」)、株式会社ゆうちょ銀行(以下、「ゆうちょ銀行」)、株式会社かんぽ生命保険(以下、「かんぽ生命」))に引き継がれ、日本郵政は、準備企画会社から、4つの事業会社を束ねる持株会社に移行し、民営化が実現した。
 このように小泉政権発足後まさに疾風怒濤の勢いで進められた郵政民営化によって、それまで官業として行われていた郵政事業すべてが、日本郵政と4事業会社からなる民間会社としての日本郵政グループによって営まれることとなった。その時点では、4事業会社の株式を保有する日本郵政の株式はすべて国が保有したままであり、同グループが国民共有の財産として公的性格を有することには変わりはなかったが、郵政民営化法では、「政府が保有する日本郵政株式会社の株式がその発行済株式の総数に占める割合は、できる限り早期に減ずるものとする」「日本郵政株式会社が保有する郵便貯金銀行及び郵便保険会社の株式は、移行期間(平成19年10月1日から平成29年9月30日までの期間をいう。以下同じ。)中に、その全部を処分するものとする」と定められ、早期に持株会社及びゆうちょ銀行・かんぽ生命の株式を売却することで、株式保有の面でも民営化を徹底することが予定されていた。
 民営化に先立って、元三井住友銀行頭取の西川善文氏が、平成18年1月に、準備企画段階の日本郵政の社長に、そして、平成19年4月には日本郵政公社総裁に就任し、同年10月の民営化以降も、引き続き、西川社長を中心とする体制で同グループの経営が行われてきたが、平成21年年頭頃から、「かんぽの宿」の一括譲渡をめぐる問題が表面化するなど日本郵政グループの業務執行の在り方に関して多くの問題が表面化し、社会からの批判を浴びることとなった。そして、平成21年8月の衆議院議員総選挙で民主党が圧勝して政権交代が実現し、9月には、小泉政権下での郵政民営化に反対してきた民主党、国民新党、社民党による連立政権が発足した。
 連立政権は、同年10月20日に「郵政改革の基本方針」を閣議決定し、郵政改革に着手する。同日の西川社長の辞任表明を受け、同年10月28日に元大蔵事務次官(前職:東京金融取引所代表取締役社長)の齋藤次郎氏を社長に選任する等、日本郵政の新経営陣の選任を行った。その後、10月30日に、政府が保有する日本郵政の株式及び日本郵政が保有する金融2社の株式の放出等を禁止する法律を第173回臨時国会に提出、12月4日に成立し、12月31日に施行となった。また、郵政改革に係る措置内容及び新日本郵政株式会社の規律等を規定した郵政改革関連法案(郵政改革法、日本郵政株式会社法及び整備法)は、平成22年4月30日に閣議決定され、同日国会に提出された。
 日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会は、上記の経過を踏まえ、西川社長時代の日本郵政において発生した問題について、第三者の立場から、コーポレート・ガバナンス及びコンプライアンスの観点に基づく調査及び検討を行い、その結果を、今後の日本郵政の経営体制及び業務執行の在り方等についての検討に活用することを目的に、総務省が、コーポレート・ガバナンス、コンプライアンスの分野において専門的知識・経験を有する弁護士、会計士、経営学者を構成員として設置したものであり、本報告書は、同委員会での議論及び検討の結果を取りまとめたものである。
 当委員会における問題案件の調査は、弁護士7名、総務省郵政行政部担当者、日本郵政及び同グループ会社のコンプライアンス担当者により個別検証チームを構成して、各事案の検証を行い、当委員会の構成員である赤松幸夫弁護士において各検証全体の総括責任者を務める体制で行ったものであり、同検証の結果は、同弁護士による検証総括報告書(別添資料)のとおりである。当委員会における調査及び検討は、決して過去の日本郵政における問題についての責任追及を目的とするものではない。郵政民営化の是非及びその進め方に関しては、様々な立場や意見があるが、政治対立を背景に進められた現在の郵政民営化による経営形態や会社が負う使命の変化が、日本郵政の経営に大きな影響を及ぼしてきたことは否定できない。そうした中で、その時々の国の基本方針に従いつつ、業務の公正と適正を確保するために、日本郵政のガバナンス及びコンプライアンスはいかにあるべきかについて、過去の事案の検証を踏まえて、分析・検討することを目的とするものである。
 なお、本報告書及び別添検証総括報告書は、原口一博総務大臣に提出するとともに、当委員会の構成員に、亀井久興総務省顧問、内藤正光総務副大臣、長谷川憲正総務大臣政務官を加えて開催される日本郵政ガバナンス検証委員会の場に提出し、同委員会における議論の資料とするものである。

第1 基本的視点
1 郵政民営化の目的
郵政民営化は、郵政民営化法(平成17年10月21日法律第97号)第1条に規定されているとおり、「民間にゆだねることが可能なものはできる限りこれにゆだねることが、より自由で活力ある経済社会の実現に資することにかんがみ、平成16年9月10日に閣議において決定された郵政民営化の基本方針に則して行われる改革」である。
当該基本方針では、「明治以来の大改革である郵政民営化は、国民に大きな利益をもたらす。
① 郵政公社の4機能(窓口サービス、郵便、郵便貯金、簡易保険)が有する潜在力が十分に発揮され、市場における経営の自由度の拡大を通じて良質で多様なサービスが安い料金で提供可能になり、国民の利便性を最大限に向上させる。
② 郵政公社に対する「見えない国民負担」が最小化され、それによって利用可能となる資源を国民経済的な観点から活用することが可能となる。
③ 公的部門に流れていた資金を民間部門に流し、国民の貯蓄を経済の活性化につなげることが可能になる。こうした国民の利益を実現するため、民営化を進める上での5つの基本原則(活
性化原則、整合性原則、利便性原則、資源活用原則、配慮原則)を踏まえ、以下の基本方針に従って、2007年(平成19年)に日本郵政公社を民営化し、移行期を経て、最終的な民営化を実現する。」とされている。基本的な方向性は、郵政公社の4機能(窓口サービス、郵便、郵便貯金、簡易保険)が、民営化を通じてそれぞれの市場に吸収統合され、市場原理の下で自立することをめざすものであり、そのために、①経営の自由度の拡大、②民間とのイコールフッティングの確保、③事業毎の損益の明確化と事業間のリスク遮断の徹底を行う方針が示されている。

2 日本郵政に求められる業務の適正さ
 日本郵政は、上記のような基本方針で行われてきた郵政民営化によって設立された会社であり、その経営上の意思決定及び業務の遂行が、その基本方針に基づく郵政民営化の目的実現に資するものであることが求められることは言うまでもない。
 しかし、一方で、日本郵政には、株式会社として一般的に求められるガバナンス上及びコンプライアンス上の要請に加えて、国がすべての株式を保有すること、事業の公共性などから、業務執行において効率性、収益性が重要視され、公正性、公平性、透明性が強く求められる。また、資産の活用や処分においても一層の適正さが要請される。これらは、日本郵政の特質に基づくガバナンス上、コンプライアンス上の要請と言うべきであろう。
 民営化に先立って経営委員会によって定められた日本郵政の「グループ経営方針」の中でも、「企業としてのガバナンス、監査・内部統制を確立しコンプライアンスを徹底します」「適切な情報開示、グループ内取引の適正な推進などグループとしての経営の透明性を実現します」とされるなど、上記の各要請は重要な経営方針とされている。
 検証総括報告書によれば、西川社長時代の日本郵政においては、政治情勢の激変の中、「郵政民営化を後戻りさせないように」との意図が背景あるいは誘因となって、拙速に業務執行が行われたことにより多くの問題の発生につながったのではないかと思料されると総括している。しかし、たとえ、上記のようであったとしても、国民の財産としての公共性と事業の公的性格に基づく要請に反することは許されないのであり、同社の経営及び業務執行は、ガバナンス上、コンプライアンス上の制約の範囲内で行なわれなければならない。そのような制約は、日本郵政の経営及び業務執行の在り方を、郵政民営化法が有している問題を解消する方向、すなわち、旧来の全国の郵便局網を活用し、郵便、郵便貯金、簡易生命保険の基本的なサービスについてのユニバーサル・サービスの提供確保を重視する方向に向けようとする場合においても変わるところはない。日本郵政の事業をめぐる環境は、外部要因に強く影響される。そのため、今回の個
別検証でも明らかになったが、これまでの日本郵政の経営をみると、その変化を見越し、環境が大きく変化する前に短期的に結果を出そうとして拙速に経営上の意思決定が行われ、事業が遂行される危険性を有しているものと推察される。
 重要なことは、前経営陣の時代において、政治情勢の変化によって経営の方向性が大きな影響を受け、短期的に一方向に偏った経営及び業務執行が行われた事実があり、今後も同様のリスクが顕在化する可能性があることを踏まえ、経営上の意思決定及び業務執行の適正を確保し得る経営体制や業務遂行の在り方を検討することなのであり、当委員会の使命も、かかる観点から、検証総括報告書における検証結果に基づき、日本郵政のガバナンス及びコンプライアンスの在り方について検討を行うことにある。

第2 個別事案検証結果の概要
個別検証チームによる問題案件の調査結果の概要は、以下のとおりである(詳細は別添検証総括報告書)。
1 不動産関係
(1) 公社バルク事案
 公社当時のバルク売却方式(「優良物件」と「不良物件」をまとめて売却する方式)による資産売却の事案であり、その後の日本郵政グループの不動産売却の際のガバナンスと関連することから検証の対象としたものである。公社当時のバルク売却は、デメリットについての検討が行われた様子もなく、多数の物件を一括してバルク売却したほか、対象物件の鑑定評価についても、同評価額が低くなり、同売却が容易になるような条件付けをしていたなどの問題が認められる。

(2) 「かんぽの宿」等事案
 日本郵政が「かんぽの宿」等の各施設について一括で平成20年12月26日にオリックス不動産との間で事業譲渡契約を締結するなどしたことに関して、以下の点に問題があった。
・ サブプライム問題による不動産市況の冷え込み等により、セラーアドバイザー(外国系証券会社)から、再三、処分の「中止・延期」等を選択肢として提言されており、また、処分方法についてのアドバイザーであった日本政策投資銀行から「処分価値の増大」等の観点から個別売却を助言するなどされていたにもかかわらず、早期・一括処分が行われた。
・ 雇用の確保等が一括処分の主たる理由とされているが、契約上、雇用への配慮が十全になされていたとは認めがたい。
・ 譲渡に当たっての鑑定評価についても、実態と異なった前提で鑑定が行われているなどにより、結局、各施設については、鑑定評価の在り方あるいは同評価との関係においてより低価で譲渡されたと言える。
・ 本事案についての取締役会に対する報告の際の社外取締役の種々の有益な意見が執行側から無視されている。経営判断として、国民共有の財産の処分価格の最大化に対する努力が欠けていた疑いがある上、経営による執行部門への監視・監督に問題があった。また、社外取締役の意見無視というガバナンス上の大きな問題があった。

(3) 東池袋事案
 平成20年4月以降に郵便局会社所有・都内東池袋所在の土地について信託受益権を設定し、ビルの共同開発を行うにつき、住友不動産株式会社を共同事業者に選定するなどしたことに関して、選定結果自体には特段の問題は認められないものの、同選定の際の土地の試算価格の前提が事実と異なっており、事実に即した鑑定評価による選定が行われていないこと、同選定の責任者は当該コンペに参加していた三井不動産株式会社(以下、「三井不動産」)の出身者であったことなどの点に問題がある。
 業務執行の適正さ並びに国民共有の財産の処分価格の最大化に対する努力に欠けており、客観的公正性・公平性の確保の観点からも問題がある。

(4) 那覇事案
 郵便局会社所有・那覇市内所在の土地を平成20年9月12日にオリックス・アルファ株式会社(以下、「オリックス・アルファ」)に売却するなどしたことに関して、オリックス・アルファに売却したことや同売却価格に特段の問題は認められないものの、同売却を経営会議で決定した当時、価格についての鑑定評価が行われていなかったこと、上記鑑定については、郵便局会社の担当者が日本郵政グループの不動産業務の責任者の日本郵政不動産部長(執行役)に、数回、同鑑定をしたい旨の意見具申をしたが、同部長からその都度却下されていることなどに問題がある。
経営会議としての業務執行の適正さ並びに国民共有の財産の処分価格の最大化に対する努力が不十分であり、日本郵政グループの不動産業務全般に対する姿勢にも疑念が生じる。

(5) 東山事案
郵便局会社所有・都内目黒区東山所在の土地の分譲マンション事業につき、平成20年2月以降に三井不動産レジデンシャル株式会社を共同事業者に選定するなどしたことに関して、同選定に当たって土地の鑑定評価を行っていないこと、同選定の責任者は上記選定先と同じ企業グループの三井不動産の出身者であったことなど、東池袋事案と同様のガバナンス上の問題がある。
2 JPEX事案
郵便事業会社と日本通運株式会社(以下、「日通」)の共同出資により、ゆうパック事業とペリカン便事業との統合をめざしてJPエクスプレス株式会社(以下、「JPEX」)が設立されたが、最終的にはゆうパック事業を郵便事業から切り離すことに関して総務省の認可が得られず、事業統合を断念、同社は清算することとなり多額の損失が発生した。その過程において以下のような事実があり、経営判断としての合理性を大きく逸脱していると認められる。
・ 両事業の統合については、西川社長において、日本郵政の三井住友銀行出身者に担当させる一方、所要の検討も行わせず、かつ、統合に慎重であった郵便事業会社首脳陣に知らせないまま、平成19年10月5日、日本郵政・日通間の基本合意書を締結した。
・ その後、郵便事業会社首脳陣は、統合後のJPEXの事業収支が確定できず、また、いずれにしろ多額の赤字が予想されたことから、直ちに統合を行うことに反対したにもかかわらず、西川社長において、同反対を押し切り、平成20年4月25日、日本郵政・郵便事業会社・日通間の統合基本合意書を締結させた。
・ 上記締結により、同年6月2日にJPEXが設立されたが、その後も、郵便事業会社において算出したところでは、JPEXの事業収支は統合後5年度の全てが赤字で、累積にかかる赤字は単独806億円・連結943億円に上ったにも関わらず、西川社長において、郵便事業会社がそのような数字を算出したこと自体を叱責したことから、これを受けて郵便事業会社において統合後4年度目に黒字化するなどの事業収支を提出することを余儀なくされ、その結果として、同年8月28日、郵便事業会社・日通間で統合のための最終契約である株主間契約書が締結された。
・ その後、ペリカン便事業については、平成21年4月1日、JPEXに分割承継されたものの、ゆうパック事業については、総務省において、統合による郵便事業への影響等が判断しがたいことなどにより、同事業のJPEXへの分割承継を認可しなかったことから、郵便事業会社は、同年11月26日以降、JPEX事業の見直しを決定し、現状、平成22年7月のJPEX解散、同会社資産の郵便事業会社への承継を予定しているが、同解散時点での累積損失額の合計は983億円(平成22年2月 平成22事業年度事業計画認可申請時点の見込み額)と見込まれ、今のところでは、そのうち900億円前後は郵便事業会社が負担することになると思われる。
・ 上記株主間契約書締結についての日本郵政取締役会への報告の際の社外取締役の種々の有益な意見が執行側から無視された。
3 クレジット事案
平成19年4月6日にゆうちょ銀行の発行するクレジットカードの業務委託先の一つとして三井住友カード株式会社(以下、「三井住友カード」)を選定するなどしたことに関し、業務委託先の選定担当者の最上位者は三井住友カード出身者(同会社の代表取締役副社長等を歴任)であったこと、同選定の際のコンペ各参加者の提案について、収支シミュレーションやシステムコスト(単価)の完全な比較が行われていないことなどの事実が認められ、業務の公正さ、手続の適正さに問題がある。
4 責任代理店事案
日本郵政グループの広告代理店の一元化のため、平成19年12月17日に広告責任代理店として株式会社博報堂(以下、「博報堂」)を選定し、グループ全体の広告が同社に発注されることになった。このような広告代理店の一元化の方針については、これが同グループ全体の広告宣伝に関わる重要事項であるにも関わらず、稟議決裁などが行われた形跡がなく、事実上、日本郵政の三井住友銀行出身の事務方幹部において決定したかのようであることに加え、以下のような事実があり、手続の適正性・透明性並びに公正性・公平性の欠如、経営判断の在り方の問題、コンプライアンス関連の問題などが認められる。
・ 同一元化の方針決定により、その後、博報堂が広告責任代理店に選定されるについては、アドバイザーなどとして博報堂出身者が関与している一方、博報堂への一元化に対する各事業会社の反対意見が考慮されていない。
・ 株式会社博報堂エルグ(以下、「エルグ」)問題の報道(平成20年11月8日)以後、郵便事業会社による親会社博報堂に対する損害賠償請求、エルグ役員の逮捕・起訴、博報堂による日本郵政グループへの一般競争入札参加自粛通知などのことがあり、その間、各事業会社から対応についての問い合わせなどがあったにも関わらず、日本郵政は、各事業会社の博報堂に対する随意契約による発注を継続させ、総務大臣による批判、総務省からの報告徴求の翌日(平成21年6月4日)に至って、ようやく博報堂を責任代理店とすることを取りやめた。
・ 日本郵政の上記事務方幹部は、博報堂関係者からの飲食等の接待を受け、その上司(博報堂選定の稟議決裁者)においても同接待を受けていたものと思われる。
5 ザ・アール事案
株式会社ザ・アール(以下、「ザ・アール」)の代表取締役社長が平成18年1月23日設立の日本郵政の社外取締役となって以降、平成19年10月1日の郵政民営化までに公社とザ・アールとの間で研修委託等についての契約が締結されていた。同社長の同社外取締役就任後に公社とザ・アールとの契約件数が著しく多くなっており(同就任前の2年度が合計13件に対し上記の1年9か月間は合計27件)、また、上記の間の西川社長の公社総裁兼務(平成19年4月1日)以降も新たに公社とザ・アールとの間に契約(3件)が締結されている事実が認められる。
公社と日本郵政が法人格として別異であるなどというのは、単なる形式論であって、利益相反取引の趣旨あるいは客観的な公正性の確保等の観点から重大な問題がある。

6 西川社長時代の日本郵政の経営体制
(1) 取締役会の実情
 平成18年1月23日に準備企画会社として設立された当時の日本郵政は、委員会設置会社ではなかった。委員会設置会社でない場合の取締役会の職務は、会社の業務執行の決定と取締役の職務の執行の監督等である。取締役の職務の執行の監査は監査役が行う。当時の日本郵政の取締役会は、西川社長ら3名の代表取締役、4名程の取締役、5名の社外取締役で構成されていた。
 これに対し、民営化後の日本郵政は委員会設置会社とされた。委員会設置会社では、業務の執行と監督が分離されており、業務の執行は取締役ではなく執行役が行う。取締役会の職務は、経営の基本方針の決定、執行役等の職務の執行の監督等に限定され、執行役の意思決定の範囲が広い。監査役は置かれず、取締役の一部で構成される監査委員会がその役割を果たす。民営化当初の日本郵政の取締役会は、西川社長ら2名の取締役兼代表執行役、8名の社外取締役で構成されていた。民営化以後、どのような事項を取締役会の議題とするか、議題を決議事項とするか報告事項とするかは、事実上、代表執行役以下の各執行役の決定にかかっていた。本各事案のうちで取締役会の議題となったことがあるのは、かんぽの宿を含む一部
不動産関係、JPEX事案、ザ・アール事案のみであり、決議事項であったのは、総務大臣への認可申請との関連でのかんぽの宿等事案のみであった。 民営化以後の取締役会における執行役達による議題についての説明は、専ら当該議題に係る事案についての執行側の決定等を是とする理由を述べるに過ぎず、その際の説明資料の内容も概要説明にとどまり、当該事案についての稟議書類の添付もないものであった。さらに、取締役会は月に1回、概ね2時間程度のものであったから、社外取締役としては、当該事案の内容を具体的に把握し、問題点等を認識・理解することはできないのが実情であった。
 また、それでも取締役会では各社外取締役により相応の意見も出されていたが、これに対する執行側の対応・姿勢は、それを真摯に傾聴するといったものではなく、既存の執行側の決定等の理由・合理性等を述べるに過ぎないものであった。取締役会の議事録は、平成21年2月までは、議題について「承認可決した」、「報告があった」と記載するだけで、社外取締役による質疑あるいは意見等についての記載は一切されなかった。これは、各社外取締役から、議事録関係を所管する経営企画部担当者に対して注意していたにもかかわらず継続されていたものである。以上のように、本各事案当時の日本郵政にあっては、本来は経営の基本方針を決定するだけではなく、執行役等の職務の執行の監督等を職務とする取締役会が、特にその後者の職務との関係で文字通り形骸化していた。

(2) 執行側の実情
 日本郵政には、具体的な個別重要案件の社長による稟議決裁のいわば前提として、同各案件の協議等を行うことを目的に、西川社長らの代表執行役とその指名に係る執行役によって構成される経営会議が設置されていた。
 同会議においては、個別重要案件が協議の対象となってはいたが、同会議は、出席者全員の間で可否等を忌憚なく協議する場というよりも、代表執行役及び事実上の経営中枢であったとも認められる経営企画部門のA専務などと、事案の担当執行役及びその下の事務方との間の説明あるいは質疑応答の場であった。したがって、経営会議は、その場の出席者全員の協議により個別重要案件の方向・方針などが現に協議・検討されるというほど議論活発なものではなかった。
 結局、当時の日本郵政の執行側すなわち経営の重心は、経営会議ではなく、西川社長及びその下の三井住友銀行出身者、特に「4人組」と称されているA専務(執行役)ら4人の者あたりにあったと認められる。
 そして、このように日本郵政の経営の重心が極端に三井住友銀行出身者に傾いた理由としては、同銀行出身者を重用した西川社長の人事手法にも一つの原因があったと考えられる。

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