「西洋近代への抵抗」カテゴリーアーカイブ

ワワサン2020─マレーシアの長期発展ビジョン

1991年2月28日にマレーシア・ビジネス協議会で行われたマハティール首相の講演「マレーシアの前途」

The purpose of this paper is to present before you some thoughts on the future course of our nation and how we should go about to attain our objective of developing Malaysia into an industrialised country. Also outlined are some measures that should be in place in the shorter term so that the foundations can be laid for the long journey towards that ultimate objective. 続きを読む ワワサン2020─マレーシアの長期発展ビジョン

東亜同文書院大旅行

荒尾精の興亜の精神を引き継いだ近衛篤麿は、興亜のための人材養成という使命に邁進した。明治32年10月、彼は清国を訪れ、清朝体制内での穏健改革を目指す洋務派官僚、劉坤一と会談、東亜同文会の主旨を説明した上で、南京に学校を設立する構想があるので便宜を図ってほしいと要請した。劉坤一は「できるだけの便宜を供与する」と快諾した。こうして、翌明治33年5月、南京同文書院が設立され、荒尾の盟友、根津一が院長に就任した。ところが、北清事変のため同年8月に上海に引き上げなければならなかった。当初は騒乱が収まり次第南京に復帰する予定であったが、根津が抱いていた大規模学院計画を実現することになり、明治34年5月、上海の城外高昌廟桂墅里に東亜同文書院が開校された。以来、終戦までの45年間に約5000名の日中学生が書院で学ぶことになる。 続きを読む 東亜同文書院大旅行

内田良平関連書

著者 書籍写真 書名 副書名 出版社 出版年
内田良平研究会編著 国士内田良平 その思想と行動 展転社 2003年
内田良平編 朝鮮統治問題に就て先輩並に知友各位に訴ふ 復刻版 龍渓書舎 1996年 (韓国併合史研究資料 ; 19)
内田良平文書研究会編 内田良平関係文書 第1巻 – 第11巻 芙蓉書房出版 1994年
内田良平文書研究会編 内田良平関係文書付録 第1巻第6号 亜細亜時論 芙蓉書房出版 1994年
内田良平文書研究会編集・解題 黒龍会関係資料集 復刻版 1 – 10 柏書房 1992年 (日本国家主義運動資料集成 ; 第1期) 続きを読む 内田良平関連書

東洋学館規約緒言

我東方アジア州を振興するの説は夙に世に起り、邦内すでに興亜会の設けあり、吾輩もかつて茲に慨すること久し、因て今同志の諸士と相謀り、此館を海外に設立す、けだしその趣意たるや大いに東洋の衰運を挽回して以て泰西諸邦と衡を世界に争い遠く威光を洋外に発揚するにあり、吾輩切に国を愛し世を憂うるのあまりあえてその偉業を以て自ら任じ、しこうしてこの趣意を達せんと欲す、必ずや東洋諸国親和して以て輔車相依り唇歯相保つの大要を失うべからず、今其事に従うやまず清国の世態民情に達し学術言語に通ずること尤も当務の急にして今日東西諸国交通の密接なる兼ねて泰西諸邦の学術を究め言語を学ばざるべからず、しかるのち交際の親以て修むべく通商の道以て講ずべき也、それ我嶋国は東洋の隅に孤立し清国は広くアジア大陸を占めその大勢の傾くところ我にして壹に能く独りこれを免るるを得べけんや、その交渉の重かつ密なることそれかくのごとし、然るに独り怪む、方今外交の要を論じ海外に留学せんとする者はみだりに欧米を説き、清国にいたりては相知らざる者のごとし、これ吾輩がこの挙を企つる所以なり、彼の上海は東洋要路の津にして船舶の幅較する所財貨の堆積する所たり、少壮の子弟はよろしくその才を長じ智を試むべきの好地にしてかつ我国と岸を隔つる遠きにあらずI葦航すべきの便あり、江湖同志の諸君はそれ幸いに吾輩の微志を賛成し来り学べよ

川面凡児の禊行を体験

 古神道の大家、川面凡児の禊行を体験するため、筆者は2010年6月6日早朝、東京都練馬区にある稜威会本部道場を訪れた。
川面が谷中三崎町に「大日本世界教・稜威会」を設立したのは、明治39年春。「信仰を統一し、解釈を統一し、実行を統一し、世道を解頽を救ひ、人身の腐敗を救ひ、以つて個人を統一し、家庭を統一し、国家を統一し、世界宇宙を統一し、各自按分平等の自由幸福平和を獲得せしめん」とその目的を掲げた。本部は大正12年に大久保に移転し、川面没後の昭和17年に現在の練馬区関町へ移った。禊祓道場が新築落成されたのは、平成3年である。武蔵関公園に隣接する敷地は、豊かな自然に恵まれ、修行に相応しい場所だ。 続きを読む 川面凡児の禊行を体験

皇道翼賛青年連盟

近衛新体制下の維新陣営の団結

穂積五一

三上卓先生は、近衛新体制運動が動き出す中で、昭和15年7月初旬、七生社の穂積五一らと日本主義陣営の横断的組織の結成に動き、同年8月16日 学士会館にて「翼賛体制建設青年連盟」(後に皇道翼賛青年連盟と決定)を結成することを決めた。 『葦牙─青春の軌跡』(昭和60年)によると、「翼賛体制建設青年連盟」は以下のような体制でスタートした。 続きを読む 皇道翼賛青年連盟

排日移民法関連文献

関連書籍類

著者 書籍写真 書名 出版社 出版年 備考
チャオ埴原三鈴、中馬清福 「排日移民法」と闘った外交官 〔1920年代日本外交と駐米全権大使・埴原正直〕 藤原書店 2011年12月
簑原俊洋 排日移民法と日米関係 : 「埴原書簡」の真相とその「重大なる結果」 岩波書店 2002年
三輪公忠編著 日米危機の起源と排日移民法 論創社 1997年
慶応義塾大学法学部政治学科玉井清研究会 排日移民法と日本のマスメディア 1996年 近代日本政治資料 4
高橋経 還らない日本人 : 偏見と差別に耐えた北米日本人移民100年史 黄禍篇 同時代社 1991年
粂井輝子 在米日本人移民にみる異文化接触の衝撃 : 排日運動との関連において 長野県短期期大学 1990年   続きを読む 排日移民法関連文献

EAECを支持した古川栄一

 

元外務官僚の古川栄一は、『貿易と関税』、『世界週報』、『諸君!』等を舞台に、1990年にマハティール首相が提唱した東アジア経済会議(EAEC)構想を支持する言論活動を展開し、志半ばで斃れた。古川は、1953年外務省入省、在タイ大使館参事官を経て、国連アジア太平洋開発センター副所長を務め、1991年に日本国際戦略センターを設立した。
1997年12月に「ASEAN+日中韓」(ASEAN+3)首脳会議がクアラルンプールで開催された際の日本政府の混乱について、古川は次のように書いている。 続きを読む EAECを支持した古川栄一

大アジア協会

アメリカの排日移民法に対する反発が一気に高まる中で、大正13(1924)年7月10日、アジア民族策協議会の会合が政友ビルジング・ホールで開催され、この場で大アジア協会が発足した。当日の参加者には、大石正巳、岡崎国臣、小川平吉、上杉慎吉、秦豊助、岩崎勲、井上敬之助、田中善立らが参加していた。

当日決まった大アジア規約は以下の通り。

第1条 本会は大アジア協会と称す
第2条 本会は大アジアの発達を図り以て世界の平和と全人類の福祉に貢献することを目的とす
第3条 本会は総本部を東京におき本部または支部をアジア各地におく
第4条 本会は発起人及び賛成人を以て組織す
第5条 本会は世話役並びに相談役を以て会務を進行す
第6条 本会は必要に応じ顧問、嘱託、講師をおくことを得
第7条 本会の経費は会費及び寄付金を以てこれに充て、会計年度を4月1日より翌年3月31日までと定む
会計に関する事務は世話役これを取扱ふ
第8条 本会は春秋2期に定期大会を開き必要に応じ臨時大会を開く

(『報知新聞』1924年7月11日付)。

米ドル依存から脱却する南米─地域共通決済通貨「スクレ」

 

 米ドル支配からの脱却の動きが南米で広がりつつある。2010年7月6日、ベネズエラとエクアドルが、米州ボリバル同盟(ALBA)の地域共通決済通貨「スクレ(sucre)」による初の決済を開始した。ベネズエラはエクアドルから購入したコメ1万5000トンをスクレ(=1.25ドル)で決済した。 続きを読む 米ドル依存から脱却する南米─地域共通決済通貨「スクレ」