ブルース・リーと陰陽の理論

 世界にアジア人俳優の存在を知らしめた武道家ブルース・リーが32歳の若さで亡くなってから、今年(2023年)7月で50年が経つ。
 ブルース・リーは1940年11月27日にサンフランシスコで生まれた。広東演劇の役者だった父李海泉は中国系、母何愛瑜は白人と中国人のハーフ。彼は生後まもなく、イギリス植民地下の香港に帰国し、子役を務めるようになる。ところが、喧嘩に明け暮れるブルース・リーに手を焼いていた父の意向で、18歳のときにアメリカに渡る。
ブルース・リー

 21歳になった1961年、ブルース・リーはワシントン大学哲学科に進学し、勉学に励むかたわら、「振藩國術館」を開いて中国武術の指導を始めた。1963年にブルース・リーは『基本中国拳法』を出版し、截拳道(Jeet Kune Do/ジークンドー)を創始している。
 そして、1971年に主演映画『ドラゴン危機一発』が公開され、香港の歴代興行記録を塗り替える大ヒットとなった。そして、第2作の『ドラゴン怒りの鉄拳』(1972年)、第3作目の『ドラゴンへの道』(1972年)によって不動のトップスターの地位を築く。
 わが国でも、ブルース・リー主演映画の影響でカンフー・ブームが巻き起こった。筆者も小学生時代にヌンチャクで格闘ごっこをしたことを記憶している。
 ここで筆者が注目するのは、アジア人のアイデンティティにも基づいたブルース・リーの反植民地主義的な意識と、東洋哲学への深い理解である。
 ブルース・リーは『基本中国拳法』で、次のように書いている。
 「グンフーは、健康促進、精神鍛練、自己防衛の技術である。その哲学は、道教、禅、易経に基づくものであり、その理念とは、マイナスをプラスに変えることである。最小限の力で最大の効果を得ることを目標としており、そのためには敵の動きに調和し、無理せず相手に逆らわず適応することである。グンフーの技術は、力に頼るのではなく、エネルギーを最小限に抑え、陰あるいは陽のどちらか一方には偏らないということを目指している」(松宮康生訳)
陰陽
 「グンフーの基本的理念とは、陰陽の理論に基づくものである。このお互いに補足し合う力は、連続的であリ途切れることがない。この中国の思想は、あらゆる事柄に当てはめて応用することができるが、ここではグンフーのことに限って説明していくことにしよう。
 まず、円の中の黒い部分であるが、この部分は陰と呼ばれている。この陰と呼ばれる部分は、消極性、受動性、穏やかさ、空虚、女性、月、暗さ、夜などの意味を表している。それに対しもう片方の白い部分は、陽と呼ばれている。この部分は、積極性、能動性、堅固さ、実存性、男性、太陽、明るさ、昼などの意味を表している。
 よくある間違いは、この陰陽のマークを、二元論の太極のマークと混同することである。太極のマークでは、陰は陽に相反するものとだけ教えている。もし我々が陰陽の思想を この太極のマークの示すように2つあるものの一方に過ぎないという様に考えるなら、いつまでたっても真実を知ることはできないだろう。
 実際すべてのものは、補い合う部分というものを持っている。それは人間の心の中に、相反するものの中に存在しているのだというものの見方によるのである。太陽は月の正反対のものという考えは間違っているのである。それらは、お互い相関関係にあり、どちらか一方が欠けてもお互いが存在し得ない。同様に男性という存在は、単に女性という存在を補うだけのものではない。男性がいなくては、女性はこの地球上に存在し得ないのである。また、その逆もしかりである。

(中略)
 陰陽のマークを見てもらいたい。これは、白い地の部分に黒い部分がのっていると見ることができる一方、黒い地の部分に白い部分がのっていると見ることもできるのである。これは、人生におけるバランスの大切さをシンボライズしたものである。それは、どちらかー方に偏ることは、よくないことだと教えている。つまリネガティブ過ぎるのも、またその反対にポジティブ過ぎるのも正しいとはいえないということである。
 それゆえ、力強さとは、柔らかさの中に内包されねばならないし、また柔らかさは、力強さの中に含まれねばならないのである。このことこそは、グンフーの修行者が、スプリングのような柔軟性を持っている理由なのである。たとえば、堅い木は衝撃を受けた時にひび割れしやすいが、竹などは風を受けてもしなるのみである。グンフーあるいはそれ以外の武術においても、ただ力強さだけを求めるのではなく、柔軟性を身につけるべきである。たとえあなたが既に充分に強いとしても、柔らかさをもって防御技術を学ぶべきである。強さの中に柔軟性がなければ、本当の意味で強いとはいえず、その逆に柔軟性の中に強さがなければ、敵の防御を打ち破ることは難しいのである。
 こういった中庸の原理は、自分を護るための最高の方法でもある。すべての事象に、陰陽の思想が当てはまることを理解したならば、もうそれを二元的なものとしてとらえることもなくなるだろう。我々は、このようにその2つを別々に分けて考えず、またどちらか一方に偏らないことで、平安を得ることができるのである。
 たとえば、ネガティブあるいはポジティブ、そのどちらか一方に偏ったとしても、それをコントロールしてやればよいのである。どちらか一方に固定してしまうことなく、流動的であることが、偏らないための最高の方法となる。陰陽の動きは、どちらか一方に偏ろうとすると、それとは反対の動きが生じるようにできているのである。陽の部分が強くなり過ぎると、それは陰に変わり、その逆に陰の部分が強くなり過ぎるとそれは陽へと変化する。
(中略)
 グンフーの陰陽の理論の応用は、調和の法則として知られる。この法則は、相手と調和することについて教えるものである。たとえばAがBに対して攻撃を仕掛けてきたなら、それに反発するのではなく、その力と調和してしまうのである。この時Bの反応も反発するか調和するかどちらかの反応しかない。従って、相手と調和すれば、より小さな力で相手の動きをリードすることができるのである。たとえば、肉屋の主人は、肉を骨にそって切ればいいのか、逆らって切ればいいのかを熟知しており、それによって包丁を使いこなしている。グンフーの修行者も、相手の攻撃を受け流すべきか、反撃すべきかを自然に、また本能的に見極めなくてはならない。その動きとは、相手の動きを止めてしまうことではなく、相手の力の方向に自分の力を添えてやる形で受け流すことなのである。そのようなトレーニングを積むうちに、陰陽の理論を理解できるだろう。そうなれば柔軟性がどうだとか、堅固さがどうだとか、ことさら意識する必要もなくなるだろう。そうして、動きそのものもシンプルなものになっていくだろう」(同)


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