小泉・竹中の新自由主義路線は、「平成の政商」と呼ばれる宮内義彦氏が旗を振り、労働分野にも強引に持ち込まれていった。この流れに終止符を打ったのが、2009年の政権交代であった。同年9月9日、民主党、社会党、国民新党の連立与党は、次のように合意した。
「日雇い派遣」「スポット派遣」の禁止のみならず、「登録型派遣」は原則禁止して安定した雇用とする。製造業派遣も原則的に禁止する。違法派遣の場合の「直接雇用みなし制度」の創設、マージン率の情報公開など、「派遣業法」から「派遣労働者保護法」にあらためる。
だが、ここに来て政商たちは新自由主義路線の本格的復活を目論んでいるように見える。2012年1月、橋下徹氏は宮内義彦氏やソフトバンクの孫正義社長らと会談したという。また、人材派遣パソナの南部靖之社長は橋下氏が大阪府知事選に出馬した際に応援したという(『週刊ポスト』2012年9月7日号)。
橋下氏の「維新八策」には、「雇用政策」として次のように書かれている。
【理念、基本方針】
・民民、官民人材流動化の強化
・徹底した就労支援と解雇規制の緩和を含む労働市場の流動化(衰退産業から成長産業への人材移動を支援)
・ニーズのない雇用を税で無理やり創出しない
・社会保障のバウチャー化を通じた新規事業・雇用の創出(再掲)
・国内サービス産業の拡大(=ボリュームゾーンの雇用拡大)
・正規雇用、非正規雇用の格差是正(=同一労働同一賃金の実現)
・グローバル人材の育成
・外国人人材、女性労働力(→保育政策の充実へ)の活用
橋下氏の登場は小泉路線の再来と期待されているのか。
労働分野における新自由主義路線(効率・競争万能)をめぐる路線対立を、政党間の対立として捉えるべきではない。規制改革会議などを通じて政商たちは常に国の政策を動かそうとしてきたのだ。労働者派遣法を骨抜きにした民主党の変節もまた、そうした視点からとらえると判りやすい。
2006年9月26日の小泉内閣総辞職以来、一部政商による労働法制改悪の流れは転換しつつあった。同年12月13日には、自民党「雇用・生活調査会」の初会合が開かれた。これに関して、後藤田正純衆議院議員は、『週刊エコノミスト』(2007年1月2・9日迎春合併号)で「これまで、労働法制は規制緩和の一点張りだったが、これからは党が責任を持って、規律ある労働市場の創設を働きかけていく」と述べていた。
法政大学教授の五十嵐仁氏は『労働再規制』(ちくま新書)において、自民党「雇用・生活調査会」発足に象徴される動きを、「政の逆襲」の始まりと表現し、さらに「官の逆襲」として厚生労働省の動きについて分析している。
五十嵐氏は、2007年2月28日に発足した「雇用労働政策の基軸・方向性に関する研究会」を、厚労省が「逆襲」に向けて放った「第一の矢」であったように思われますと書いている。
同研究会は、8月9日に報告書「『上質な市場社会』に向けて─公正、安定、多様性」を発表した。この報告書は、「競争力の強化、経営の効率化」と「労働者の職業生活の安定、自己実現」との調和を図るために、適切に市場メカニズムを活用しつつ、公正の確保、安定の確保、多様性の尊重の三つの要素を満たしていくこと、この意味での「上質な市場社会」に向けて政策を講じていくことを、雇用労働政策を策定する上での基軸としなければならないと主張していた。
五十嵐氏は、この研究会の構成メンバーに注目する。労働分野の新自由主義路線を牽引したのは、経済財政諮問会議、総合規制改革会議、規制改革・民間開放推進会議、規制改革会議などであり、そこには使用者側代表が入っているにもかかわらず、労働側の代表が排除されていた。まさに、政商による政商のための規制緩和が罷り通っていたのである。
これに対して、「雇用労働政策の基軸・方向性に関する研究会」には、使用者側の代表も労働側の代表も入っていない。この事実について、五十嵐氏は、厚労省は「使用者側の排除」のための工夫を行ったように見えると指摘している。
派遣法を再度改正せよ!
その後、政商が支配する規制改革会議は後退を余儀なくされていった。2007年12月25日に規制改革会議は「規制改革推進のための第二次答申」を出したが、わずかその3日後、厚労省は「規制改革会議『第二次答申』に対する厚生労働省の考え方」という文書を出して、次のように反論した。
〈……今回の「第二次答申」のうち、「問題意識」に掲げられている事項については、その基本的な考え方や今後の改革の方向性・手法・実効性において、当省の基本的な考え方と見解を異にする部分が少なくない。
○一般に労働市場において、使用従属関係にある労働者と使用者との交渉力は不均衡であり、また労働者は使用者から支払われる賃金によって生計を立てていることから、労働関係の問題を契約自由の原則に委ゆだねれば、劣悪な労働条件や頻繁な失業が発生し、労働者の健康や生活の安定を確保することが困難になることは歴史的事実である。
このため、他の先進諸国同様、我が国においても、「労働市場における規制」を規律する労働法が、立法府における審議を経て確立されてきたものと理解している…」
こうして、政商たちの目論見は崩れていった。2008年6月13日、舛添要一厚労相は、「常用雇用が普通」だと述べ、通訳などの専門的業務を除いて、製造業への覇権などを原則的に禁止すべきだとの考え方を明らかにした。
すでに、民主党への政権交代を前に、政商たちの野望は打ち砕かれようとしていたのである。
しかし、民主党政権が目指した派遣法改正は結局骨抜きにされた。橋下氏の勢力拡大を阻止し、再度、派遣法を改正しなければならない。
総合規制改革会議委員名簿
議 長 宮内義彦 オリックス株式会社取締役兼代表執行役会長・グループCEO
議長代理 鈴木良男 株式会社旭リサーチセンター代表取締役社長
委 員 奥谷禮子 株式会社ザ・アール代表取締役社長
神田秀樹 東京大学大学院法学政治学研究科教授
河野栄子 株式会社リクルート代表取締役会長兼CEO
佐々木かをり 株式会社イー・ウーマン代表取締役社長
清家篤 慶應義塾大学商学部教授
高原慶一朗 ユニ・チャーム株式会社代表取締役会長
八田達夫 東京大学空間情報科学研究センター教授
古河潤之助 古河電気工業株式会社代表取締役会長
村山利栄 ゴールドマン・サックス証券会社マネージング・ディレクター 経営管理室長
森稔 森ビル株式会社代表取締役社長
八代尚宏 社団法人日本経済研究センター理事長
安居祥策 帝人株式会社代表取締役会長
米澤明憲 東京大学大学院情報理工学系研究科教授
・規制改革の推進に関する第2次答申 ―経済活性化のために重点的に推進すべき規制改革― (平成14年12月12日) 雇用・労働
・規制改革の推進に関する第3次答申 ―活力ある日本の創造に向けて― (平成15年12月22日)雇用・労働
・規制改革推進のための第2次答申 (平成19年12月25日)
・規制改革推進のための第3次答申-規制の集中改革プログラム-(平成20年12月22日) 労働分野