◇アジアの誇りを持つ、言行一致を守る人
マハティール・マレーシア首相が日本の政財界人らの注目を集めている。き然とした物言い、欧米におもねらずアジアの復権、自立を目指す一貫した政治姿勢が政治家不在ともいわれる日本に刺激を与えているようだ。マハティール本が相次いで出版され、十五日にインドネシアのジャカルタで開かれたアジア・太平洋経済協力会議(APEC)の非公式首脳会議でも動向に関心が集まる。最近の発言を基に人気の人物像に迫った。
◇「直言居士」
マハティール首相は欧米を中心とした価値観をかなぐり捨て、文化的、経済的にアジアの復権、自立を目指そうと訴え、積極的に発言し、行動している。
その象徴が一九九〇年十二月に打ち出した東アジア経済会議(EAEC、当時はEAEG)構想だ。東南アジア諸国連合(ASEAN)六カ国と日本、中国、韓国、香港、台湾など東アジア諸国・地域が手を組み、経済協力を積極的に進めようとするもの。ところがこの構想から排除された欧米、特に米国が強く反発、日本などアジアの関係各国にEAECには参加するな、と圧力を掛けている。
だがマハティール首相は「EAECは貿易ブロックでも自由貿易圏でもない話し合いの場。我々は人種差別主義者ではない。もし、そういうなら、欧州連合(EU)や北米自由貿易協定(NAFTA)をつくった欧米の方が人種差別的だ」と言い返した。
発言だけでなく、行動でもき然としたところを見せる。昨年十一月、米シアトルで開かれた初のAPEC非公式首脳会議にただ一人、欠席した。この会議がアジアを中心とするAPEC加盟国の合議に基づいて開催されるのではなく、クリントン米大統領の個人的提案で開かれることへの批判の意思表示だった。
この行動を豪州のキーティング首相が「頑固者」と批判したが、マハティール首相は「私の欠席についてなぜ豪州が米国より怒るのかわからない。子供だったらたたくところだ」とやり返し、結局キーティング首相が謝罪した。
中国に対する西側の人権外交にも批判の矛先を向けた。今年五月の中国・北京での講演では「最悪なのは西側民主国家が非民主的な手段で彼らの原則を押し付けることができると考えていることだ」と米国を批判している。
<関連本もブームに>
◇期待と注文
マハティール首相は親日家として知られる。副首相時代から公式、非公式を含め年数回の来日を続けている。その経験を基に日本や韓国に学べという「ルック・イースト(東方)」政策を打ち出した。だが「日本が東アジアのリーダーに」という期待を見せる一方、厳しく注文もつける。
八月末にマレーシアを初訪問し、第二次世界大戦での日本の行為を謝罪した村山富市首相に「過去の謝罪を続けるのは理解できない」と述べたうえで、「過去は教訓にすべきだが、未来を考えるべき。アジアの平和と繁栄のために役割を担うべきだ」と進言した。言葉による謝罪ではなく、EAECでアジアのリーダーとしての役割を果たすことが真の償いという主張だ。
だが、村山首相は「関係各国の理解と支持を得ることが大変重要」と答えるにとどまった。米国を気遣う発言にマハティール首相は失望、十月に大分県別府市で行った講演で「日本は米国に負うところがあるように、もしくはそれ以上にアジア諸国に過去ばかりでなく現在も負うところがある」と厳しい姿勢を示した。
<米日をおくせず批判>
◇日本からは
この秋、マハティール本ブームが起きている。
マハティール首相との共著「『NO』と言えるアジア」(光文社)を出版した衆院議員、石原慎太郎さんは「残念ながら、二十一世紀に日本が果たすべき役割についてマハティール首相の方が日本の政治家よりも的確にとらえている」と評価する。石原さんは「米国をイライラさせているのは、EAECが意味のある構想であることの証明」と語り、日本も積極的に参加すべきだと主張する。
「アジア復権の希望マハティール」(亜紀書房)を著した坪内隆彦さんは「アジア的手法や価値観と欧米的なものの見方の両方を尊重すべきだと主張する点に注目する」と語る。「五月、シンガポール政府はクリントン大統領の中止要請にもかかわらず、米国人青年にむち打ち刑を科したように、経済発展を背景にアジア人は自信を持ち始めている。その最も先鋭的な代弁者がマハティール首相。欧米、アジアにどっちつかずの態度を取っている日本は、いずれ双方から不審の目で見られかねない」と警告する。ただ「日本の国連常任理事国入りを積極的に支持するマハティール首相を利用し、軍事大国化を推し進めようという覇権主義的な動きもある」と憂慮する。
マハティール首相の自宅に招かれたという関本忠弘NEC会長は「マハティール首相は、アジア人としての世界観を持ち、日本や米国にも正論を言う一流の政治家。心臓病の手術も、自国の技術を信頼して自国で受けるなど言行一致している」と称賛する。
言行一致など遠い昔に忘れ去られた日本の国民にはマハティール首相は大いなる魅力に包まれた政治家に見えるのかもしれない。
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マハティール首相は1925年生まれの68歳。大学卒業後、開業医を経て65年に政界入りし、81年7月に第4代の首相に就任した。マレー人でイスラム教徒。就任直後に、勤務中のティータイム廃止、政府幹部のゴルフ自粛など植民地統治の残滓(ざんし)一掃を図り、アジア主義に基づくマレー人の意識改革を進めた。
「プロフィール」カテゴリーアーカイブ
森谷正規評 アジア復権の希望マハティール 坪内隆彦著(亜紀書房・一九〇〇円)本と出会う─批評と紹介(3)『毎日新聞』1994年10月31日、11ページ
日本よ、マゴマゴしていると…
つい、村山、河野、小沢の姿を思い浮かべてしまう。政治家として、何と違うことか。
マレーシア首相のマハティール・ビン・モハマドは、信念を貫き通し、大国米国とも闘う政治家である。
「アジアはアジアの意志でやっていくのだ」というのがその強固な信念であり、EAEC構想を強く提唱し続けている。これは東アジア経済圏を築くという構想で、九〇年十二月にマハティールが提案した。
アジア・太平洋にはAPECという経済協力会議があるが、ここには米国、カナダも入っていて、非アジア先進国主導になる。そこでアジアはアジアだけでと、EAECを提唱するのだが、はずされた米国は経済ブロック化だと強く反発して潰そうとする。
だがマハティールは一歩も引かない。米国はNAFTA(北米自由貿易協定)を作り、欧州にはEUがあり、アジアにもアジアだけの経済連合があっていいはずだと主張するのだ。
中国、ASEAN諸国はEAEC構想を支持しているのだが、米国に逆らえない日本の政治家、官僚の態度は煮え切らない。アジアで仲間はずれにされても大いに困る。かといってアジアのビジョンを描こうともせず、リーダーシップはとらず、アジアの力強い政治家たちと比べて、じつに影が溥いのだ。
マハティールは、経済発展のみを目指しているのではない。欧米的価値観が支配する現代はさまざま面で限界にぶつかっており、アジア的価値観を復興させて、経済、社会を再生させようというのだ。
庶民の家に生まれたマハティールは医師となったが、農村診療を通してマレー人の貧困に直面し、政治家を志した。三十八歳で下院議員になり、マレー人優先策を強く主張して時の首相に反抗し、与党から除名されるが、マレー系と中国系の人種暴動を契機に政権が変わり復帰する。
やがて能力が認められて、教育相、副首相を経て、八一年に首相に就任した。
すでに十四年間も、国民の強い支持を得て確固たる政権を維持しているのだが、連合与党による連立政権なのだ。偉大な政治家がいれば、連立政権はかくも安定する。
そのマハティールに強い思い入れを持つ著者はフリーのジャーナリストで、いま二十九歳ととても若い。若いから元気いっぱいで、マハティールを熱く支持する文を素直に綴っている。少しも恰好をつけることなく、爽やかだ。
私もマハティールに何がしかの思い入れがある。「ジャパニーズ・テクノロジー」という私の著書の英訳本をマハティールが読んで、国の工業化発展に必読の書であるとして千冊も購入して政府幹部に配った。その縁で十年ほど前、クアラルンプールでお目にかかった。穏やかな人であった。
当時、「ルック・イースト」を掲げて、日本や韓国に学べと工業化を導いていたマハティールは、いまも日本に強い期待をかけている。
アジアはこれから急速に発展していく。中でも巨大な中国の工業発展は恐ろしいほどの影響をアジアに与えるのは確かで、アジア諸国の政治家たちはそれをいかに受けとめるべきか、懸命に模索している。アジアの経済と政治が激しく渦をまく時代だ。マゴマゴしていたら日本は、金と技術を出すだけの国になる。そして経済も衰退していく。
日本にも、政治家が欲しい。
議論呼ぶマハティール構想――米欧に反発するアジアの声代弁(時の本)『日本経済新聞』1994年10月16日付朝刊、21ページ
経済で自信をつけたアジア諸国が発するメッセージが世界を揺さぶっている。欧米の人権、環境問題に関する圧力に反駁(ばく)するマレーシアのマハティール首相が代表例である。その政治的意志の実現を目指す東アジア経済協議体(EAEC)構想は米国の強い反発も招いた。
このマハティール構想に日本も割れている。安全保障面も含め現実的に世界を動かす米欧との友好関係を重視し、マハティール構想を退けようとする欧米派と、アジアの一員として日本はアジアの立場にもっとくみするべきだというアジア派の論争である。
欧米派がEAECに反対する論拠は、地域貿易ブロックに結びつく危険がある、というものだ。だが、マハティール構想の主眼は、米欧諸国の力を背景にした価値観の押し付けや、小国の利益を無視しがちな昔ながらの先進大国の姿勢を戒めることで、経済ブロックの形成ではない。
坪内隆彦著「アジア復権の希望 マハティール」(亜紀書房)はそうした経緯を一九八一年に首相に就任したマハティール氏の生い立ち、思想形成の過程、そして発展途上小国の置かれた国際環境も踏まえて、その論理をやや思い入れを込めながらもうまく説明している。
「小国は結束しないと理不尽な米欧の圧力に対抗できない」とのマハティール首相の考えは、米国が大国である中国に対して経済関係を重視、人権問題の押し付けを断念したことで、説得力が増している。欧州連合(EU)も欧米論理の押し付けに反発する東南アジア諸国連合(ASEAN)に歩み寄り、経済関係強化を優先する姿勢に転じた。
問題は、日本ではマハティール構想の理念が十数年前から発せられながら無視されてきたことである。マハティール首相の言動が日本で注目を浴びているのも欧米の反発がきっかけだった。
米欧派も心情的アジア派も日本の針路を考える上で、マハティール首相に限らず、発言を始めたアジアの行動の真意、背景などをよく知る必要がある。それで初めて日本が、真のアジアの時代を語る資格が生まれる。(翠)
佐藤栄作賞に茂木さんら『朝日新聞』1991年3月24日付朝刊、30ページ
第7回佐藤栄作賞(佐藤栄作記念国連大学協賛財団)の受賞者が、このほど次の通り決まった。授賞式は26日、東京都渋谷区の国際連合大学で行われる。(敬称略)
【最優秀賞=賞金50万円】東大大学院生、茂木健一郎【優秀賞】聖ボナヴェントゥーラ大助教授、アパ・ラオ・コルコンダ▽米ペンブローク州立大学学部長、フランク・シュマレガー▽広島大大学院生、先崎健▽フリージャーナリスト、坪内隆彦【佳作】無職、河合圭二郎
茂木氏に最優秀「佐藤栄作賞」(消息)『日本経済新聞』1991年3月21日付朝刊、34ページ
第七回「佐藤栄作賞」(主催=佐藤栄作記念国連大学協賛財団、後援=外務省、文部省、日本経済新聞社)論文の最優秀賞、優秀賞四編、佳作一編が決定、二十日に発表された。最優秀賞には賞状と副賞五十万円、優秀賞には賞状と副賞二十万円、佳作には賞状と副賞五万円が贈られる。今回のテーマは「最近の世界秩序の急激な変貌(ぼう)に際しての国連のあり方と国連大学の役割」。授賞式は二十六日、東京都渋谷区の国連大学で。 最優秀賞=東京大学大学院生、茂木健一郎氏(28)
優秀賞=聖ボナベントゥーラ大学経営学部助教授、アパ・ラオ・コルコンダ氏(41)▽ペンブローク州立大学社会学・社会福祉学・刑事司法学部学部長、フランク・シュマレガー氏▽広島大学大学院生、先崎健氏(35)▽フリージャーナリスト、坪内隆彦氏(26)
佳作=無職、河合圭二郎氏(74)