経済で自信をつけたアジア諸国が発するメッセージが世界を揺さぶっている。欧米の人権、環境問題に関する圧力に反駁(ばく)するマレーシアのマハティール首相が代表例である。その政治的意志の実現を目指す東アジア経済協議体(EAEC)構想は米国の強い反発も招いた。
このマハティール構想に日本も割れている。安全保障面も含め現実的に世界を動かす米欧との友好関係を重視し、マハティール構想を退けようとする欧米派と、アジアの一員として日本はアジアの立場にもっとくみするべきだというアジア派の論争である。
欧米派がEAECに反対する論拠は、地域貿易ブロックに結びつく危険がある、というものだ。だが、マハティール構想の主眼は、米欧諸国の力を背景にした価値観の押し付けや、小国の利益を無視しがちな昔ながらの先進大国の姿勢を戒めることで、経済ブロックの形成ではない。
坪内隆彦著「アジア復権の希望 マハティール」(亜紀書房)はそうした経緯を一九八一年に首相に就任したマハティール氏の生い立ち、思想形成の過程、そして発展途上小国の置かれた国際環境も踏まえて、その論理をやや思い入れを込めながらもうまく説明している。
「小国は結束しないと理不尽な米欧の圧力に対抗できない」とのマハティール首相の考えは、米国が大国である中国に対して経済関係を重視、人権問題の押し付けを断念したことで、説得力が増している。欧州連合(EU)も欧米論理の押し付けに反発する東南アジア諸国連合(ASEAN)に歩み寄り、経済関係強化を優先する姿勢に転じた。
問題は、日本ではマハティール構想の理念が十数年前から発せられながら無視されてきたことである。マハティール首相の言動が日本で注目を浴びているのも欧米の反発がきっかけだった。
米欧派も心情的アジア派も日本の針路を考える上で、マハティール首相に限らず、発言を始めたアジアの行動の真意、背景などをよく知る必要がある。それで初めて日本が、真のアジアの時代を語る資格が生まれる。(翠)
議論呼ぶマハティール構想――米欧に反発するアジアの声代弁(時の本)『日本経済新聞』1994年10月16日付朝刊、21ページ
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