巻 | タイトル | 期 | 刊行年 |
---|---|---|---|
第1巻 | 踏破録 | 第5期生 | 明治41年 |
第2巻 | 禹域鴻爪 | 第6期生 | 明治42年 |
第3巻 | 一日一信 | 第7期生 | 明治43年 続きを読む 東亜同文書院大旅行誌 |
巻 | タイトル | 期 | 刊行年 |
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第1巻 | 踏破録 | 第5期生 | 明治41年 |
第2巻 | 禹域鴻爪 | 第6期生 | 明治42年 |
第3巻 | 一日一信 | 第7期生 | 明治43年 続きを読む 東亜同文書院大旅行誌 |
青島地湧塾で日中提携を目指す
村岡清蔵は、明治42年に佐賀県で生まれた。大正13年、大連の旧制高等小学校を卒業し、翌14年に大連の日本山妙法寺において、得度仏門に入る。
彼が、前田虎雄と出会うのは、大正15年11月、栃木県那須の日本山妙法寺においてであった。以来、前田と行動をともにし、昭和8年の神兵隊事件に参加、投獄される。昭和10年秋に出獄した後、葦津耕次郎の教えを受けて、神道、国学思想に開眼、嗣子珍彦とも親交を持つようになる。
昭和15年1月、立正興亜塾を東京に開設、青年同志の養成に努めた。この年7月の七・五事件に参加し、再び投獄されている。翌昭和16年に出獄、昭和17年に中国に渡った。昭和18年青島地湧塾の塾長となり、熟生とともに日中間の真の提携を目指した。昭和19年には地湧塾の生徒たちとともに、済南に移転し、山東立志工業学校を創設し、中国人のみ500余名の育成に当たった。
昭和20年8月15日、終戦の大詔を拝聴して自決を決意し、久子夫人とともに自宅において自決した。
昭和皇道維新の断行
昭和8年7月の神兵隊事件は、斉藤実を首班とする内閣を妥当し、一挙に国家の現支配機構を破壊し、帝都を動乱化して戒厳令下に導き、大詔渙発を奏請して皇族を首班に推戴する臨時非常内閣を樹立し、これを中心に新政治機構を組織し、日本主義皇道を指導原理として帝国憲法をはじめ法律、政治、経済その他諸般の制度を根本的に改廃することを狙って行われようとしていた。その目的は、皇国本来の一君万民・祭政一致の天皇政治を擁立し、神武肇国の皇政に復古し、明治維新の追完たる昭和皇道維新を断行することであった。 続きを読む 神兵隊事件─昭和皇道維新の断行
理 想
社會的自由と個人的自由の一致する全人類の健全なる有機的社會の創造を期す。
綱 領
一、天皇を政教の淵源とし維新の鴻謨を翼贊して其發展完成を期すること。
二、社會の單位を家族とし統治の單位を氏子中心とすること。
三、經濟と道徳の一致を求め土地或は職業を與へて一人の飢民なからしむること。 続きを読む 敬天愛人運動の理想及び綱領
書籍
著者 | 書名 | 出版社 | 出版年 |
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田中省三 | 医療の社会化を実践した人物・鈴木梅四郎 | 医史研究会 | 1995年 |
鈴木梅四郎 | 嗚呼二月二十六日 | 慶應義塾福澤研究センター | 1987年 |
小林静夫 | 王子製紙開業秘話 : 鈴木梅四郎小伝 | 苫小牧郷土文化研究会まめほん編集部 | 1982年 続きを読む 鈴木梅四郎関連文献 |
「医療の社会化」を志す
藤井斉が同志を糾合
王師会は、海軍の王師会が昭和3年3月に海軍部内の青年士官中の同志を集めて組織した。藤井は、海軍兵学校在学中に休暇等を利用して、大学寮に出入りしていた大川周明、満川亀太郎、安岡正篤、西田税らと接触し、国家改造の必要性を痛感するようになっていた。 続きを読む 王師会─青年将校の義憤
書籍
著者 | 画像 | 書名 | 出版社 | 出版年 | 備考 |
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イ・ヨンスク | 「ことば」という幻影 | 明石書店 | 2009年1月 | 第5章「『狭義の日本人』と『広義の日本人』─山路愛山『日本人民史』をめぐって」で愛山のトゥラニズムに言及 | |
海野弘 | 陰謀と幻想の大アジア | 平凡社 | 2005年9月 | 第2章「ウラル・アルタイ民族」でトゥラニズムに言及 | |
太田 龍 | 縄文日本文明一万五千年史序論 | 日本文芸社 | 1995年3月 | ||
山路愛山著 山路平四郎校注 | 基督教評論・日本人民史 | 岩波書店 | 1966 | 『日本人民史』で「チュラニアン」(トゥラン)に言及。 続きを読む トゥラニズム関連文献 |
イスラーム先駆者
明治42年にトルコ系タタール人、アブデュルレシト・イブラヒムが来日すると、中野は大原武慶とともにムスリムと興亜陣営の連携を推進する。 続きを読む 中野常太郎と亜細亜義会 |