「亜細亜義会」カテゴリーアーカイブ

亜細亜義会関係資料①

 外務省外交史料館所蔵 亜細亜義会関係雑纂「明治43年12月1日から明治44年9月9日」には、亞細亞義会の設立主意、事業順序、会則、『大東』などがファイルされている。
(PDFデータは、アジア歴史資料センターのサイトからダウンロードしたDjVuデータをもとに作成したもの)

玄洋社とムスリム

興亜論者とムスリム
世界の道義的統一を目指した日本人たちは、東アジアだけでなくイスラーム諸国に対しても特別な関心を払っていた。その中心にいたのが興亜論者であった。
彼らは、欧米に抑圧されるムスリムの惨状を我が事のように考え、欧米列強の植民地支配からの解放を目指して協力しようとしていた。  続きを読む 玄洋社とムスリム

中野常太郎と亜細亜義会


 中野常太郎(号は天心)は、明治期に日本の興亜陣営とムスリムの連帯を主導した人物である。慶応2(1866)年10月23日、加賀金沢で生まれた中野は少壮のときから東亜経綸に志し、興亜の先駆者・荒尾精、根津一の門に出入りした。黒龍会にも参加したとされる(サルジュク・エセンベル「日露戦争と日土関係」)。
明治42年にトルコ系タタール人、アブデュルレシト・イブラヒムが来日すると、中野は大原武慶とともにムスリムと興亜陣営の連携を推進する。 続きを読む 中野常太郎と亜細亜義会