書籍
著者 | 書籍写真 | 書名 | 出版社 | 出版年 | 備考 |
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塙薫蔵 | 浦敬一 | 大空社 | 1997年 | 伝記叢書 241 | |
小西干比古編 | 興亞の先覺浦敬一書翰附略傳 | 東半球協會 | 1941年 | 東半球資料 第17號 | |
塙薫蔵 | 浦敬一 | 淳風書院 | 1924年 |
亜細亜人民たるものの大義
浦敬一は、荒尾精の興亜論を受け継ぎ、果敢に行動した。対ロシア政策に必要な情報を収集するため、新疆方面の状況調査を企て、明治22(1889)年9月単独で伊犂探検に出た。だが、彼はまもなく消息を絶った。
彼が残した書簡には、その思想がはっきりと示されている。例えば、明治18年6月16日に父に宛てた書簡には次のように書かれている。
「乍併東洋の大勢は是より平和に相成る事には中々無之、仏は已に安南を横領し、英は又々朝鮮の巨文島を占奪し、露は頻りに支那朝鮮を窺ひ、独も亦同じく支那朝鮮に手を出さんと存居候由なれば、東洋の危急は日を逐ふて相迫り候。東洋の危急は支那朝鮮のみにあらず、我国の形勢は最も危急に相成居申候。…… 続きを読む 浦敬一の興亜