イスラム国を全面的に肯定することはできないが、欧米のイスラム国報道にもいかがわしい点がある。西部邁先生は、『月刊日本』平成26年12月号掲載のインタビュー記事「ポツダム体制脱却なくして日本外交なし」で、米中に共通する人工国家としての性格を指摘した上で、イスラム国に言及している。
〈通常「ステート」(state)は政府と訳されますが、もともとの意味は、「歴史的に蓄積され、運ばれ来った現在の状態」のことです。逆に言えば、「ステート」とは、そう簡単には変更できないものなのです。/ところが、米中はそのことを理解せず、「ステート」は簡単に設計できて、簡単に破壊できるものだと思っています。なぜ、こういうことを言うかというと、中東にイスラム国(Islamic State)が樹立されたからです。彼らのいう「ステート」には、アラブのもともとの状態を取り戻そうという意志が示されています。/アメリカなどの国際社会は、イスラム国を過激主義として敵視していますが、彼らは、もともとの状態を破壊したのが、第一次世界大戦後はイギリスであり、第二次大戦後はアメリカだと考えていて、それをもとの状態に復そうとしているのです。そういう意味では、イスラム国誕生はある種の維新なのです〉
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自主防衛論の展開
中曽根康弘「日本の主張」
「情けない被保護国の状態」からの脱却
中曽根康弘氏は、1954年に『日本の主張』(経済往来社)において、次のように書いている。
「700に及ぶ米国の軍事基地の制圧により、国の防衛と治安が保たれているという情けない被保護国の状態を、速に脱却しなければならないという現状打破の精神が全国的に漲って来た」、「安全保障条約によって、自衛の能力なき日本は米軍の駐屯を要請し、外国人の税金と外国青年の血によって自国の防衛を外国に委託した。この瞬間からすでに日本は独立国としての対等な発言権を喪失した」 続きを読む 自主防衛論の展開