「シャブ&ASKA」事件と労働者派遣法改正─パソナの利益のために働く政治家たち

 いま、パソナなどの人材派遣会社は、さらなる市場拡大をもたらす労働者派遣法の改正を待ち望んでいる。
 業界の利益拡大のために労働者を犠牲にするような法改正が罷り通っているのは何故なのか。「シャブ&ASKA」事件によって、それがいくらかわかってきた。
 労働者派遣事業を所管する厚生労働大臣の田村憲久氏は、大臣就任後もパソナの接待施設「仁風林」に出入りしているという。改正案に反対することを期待されている民主党も、前原誠司元代表がズブズブの関係。前原氏から頼まれて南部靖之代表は十数人の「民主党落選議員」を社員として雇い、大金を渡しているとも報じられた。これではまともな法改正ができるはずがない。
 以下、『月刊日本』平成26年6月号に掲載された、法政大学大原社会問題研究所名誉研究員の五十嵐仁氏のインタビュー記事「労働者を食い物にする経営者・政治家・御用学者」を転載する。

五十嵐 仁「労働者を食い物にする経営者・政治家・御用学者」

労働側を排除して労働政策を決めるしくみ
── 安倍政権では、再び労働分野の規制緩和が加速しています。
五十嵐 規制緩和は多様な働き方ができるようにすることであり、労働者にとってもメリットがあると説明されています。しかし、仮にそうであるなら、なぜ労働者の側から規制を緩和してほしいという要望が出てこないのでしょうか。

 労働分野の規制緩和は、これまで一貫して経営側から提案されてきました。それは、労働者を「使い捨て」にできるようになるからです。実際には、労働者にとってメリットがあるわけではなく、雇用は不安定になり、賃金が減少していくことになるでしょう。
 労働政策に関する重要事項を審議する労働政策審議会は、労働者を代表する者、使用者を代表する者、公益を代表する者の三者で構成されています。これは国際労働機関(ILO)が示している基本的な枠組みで、当事者である労働側にとって不利益な政策を決められないようになっているのです。しかし、この三者構成原則を無視し、労働側の抵抗を突破するための仕組みが作られました。労働側を排除して経営側の意向を取り入れる形で政策的な大枠を決め、その後に労働政策審議会に降ろすというやり方がとられるようになったからです。
 すでに小泉政権時代に、経済財政諮問会議で労働の規制緩和が議論され、「骨太の方針」が出されるようになりました。従来の労働政策審議会や国会での議論をバイパスして諮問会議で大枠を決めてしまったのです。
 清水真人氏の『経済財政戦記』には経済財政諮問会議での竹中平蔵慶応大学教授の手法が書かれています。まず、事前の「裏戦略会議」で入念に仕込んだ民間議員ペーパーで切り込み、議論が二歩前進、一歩後退しながら熟してくると「竹中取りまとめ」で後戻りできないようピン留めし、最後は「小泉裁断」で決着させるというやり方です。この民間議員ペーパーを起草していたのが、政策研究大学院大学教授の大田弘子氏でした。
 竹中氏は小泉内閣で規制改革を進めて人材ビジネスを拡大させ、人材ビジネス会社であるパソナが急成長した後に自ら会長として乗り込みました。「政商」というか「学商」というか、まったく恥知らずだと思います。経営者と政治家と御用学者が労働者を食い物にしている。ビジネス・チャンスを拡大して利権に食らいつく「悪徳商人」そのものです。
── 労働政策を研究する学者にも新自由主義は浸透しているのでしょうか。
五十嵐 残念ながら、新自由主義的な考え方の学者は増えています。規制改革会議の委員で雇用ワーキング・グループの座長になっている鶴光太郎慶応義塾大学教授などは典型的な御用学者です。
 竹中慶応大学教授も第二次安倍政権で復活してしまいました。竹中氏は麻生太郎副総理らの反対もあって経済財政諮問会議のメンバーになれませんでしたが、産業競争力会議の委員になり、自ら国家戦略特区の構想を打ちだして諮問会議の民間議員にも選ばれました。一方、大田弘子氏は規制改革会議の議長代理として送り込まれています。

労働者いじめは企業のためにもならない
── 労働者を保護するためには一定の規制が必要です。
五十嵐 規制それ自体はすべて悪でもなく、すべて善でもありません。必要な規制は維持しなければなりませんし、時には強めなければならないこともあるでしょう。
 韓国の「セウォル号」の沈没事故の原因はいろいろ指摘されていますが、安全運航のために必要な規制がきちんとなされず、行政による管理や監督が十分できていなかったことも大きな原因ではないかと思います。日本でも高速ツアーバスの事故が起きましたが、規制緩和による過当競争がその背景にありました。規制緩和を進めていけば、効率や利益追求一辺倒で安全面が疎かにされることは目に見えています。
 新自由主義者が「規制はすべて悪だ」と思い込んでしまっていることが、一番大きな問題です。労働分野の規制緩和は、経営者がやりやすい状況を生み出すかもしれませんが、労働者にとっては厳しい働き方を強いられる形になってしまいます。労働条件がさらに悪化し、賃金も下がって行きます。非正規労働者やワーキングプアを増やすことになる。
 労働者に厳しい状況を強いることは、結果的に労働意欲を低めて生産性の低下をもたらします。非正規では技能や経験の継承もできない。長期的に見れば、経営者にとっても決してプラスにはなりません。低賃金の労働者が増えれば、働く人の購買力が低くなり、国内市場は縮小します。「大企業栄えて民滅ぶ」と言われますが、「民が滅んだ」社会で「大企業が栄える」ことはできないのです。
 少子化は、低賃金で苛酷な労働を強いられている若年層の「社会的ストライキ」だと言ってもいいかもしれません。賃金が低いために、結婚して家庭を形成し、子供を産むことができない。シェアハウス、脱法ハウスが話題を呼びましたが、もはや金銭的に一人で生活することができない若年層が増えているからです。
 規制緩和によって、さらに低賃金で苛酷な労働を強いるような状況が広まれば、少子化問題はもっと深刻化するでしょう。経済的にも社会的にも日本は崩壊に向かいつつあると言わざるを得ません。日本という国の人的存立基盤が失われていくことになる。私はそれに強い危機感を感じています。

「生涯ハケン」に道を開く労働者派遣法の抜本改正
── 労働者派遣法の改正案が国会に提出されました。どのように改正しようとしているのですか。
五十嵐 これまで派遣労働には、常用雇用の代替にしてはならない、また臨時的・一時的な業務に限定するという大原則がありました。今回の改正案はこの原則を変える大転換であり、一生派遣労働に従事する「生涯ハケン」に道を開くことになってしまいます。
 現在、企業が同じ業務で派遣を利用できる期間は3年間に制限されています。ところが改正案では、企業は派遣してもらう人を入れ替えれば、3年経っても同じ業務に派遣労働者を使い続けられるようになります。
 また、派遣労働者は3年経過すれば派遣先企業が直接雇用することになっていましたが、企業はその人の業務内容を変えれば、3年経ってもそのまま派遣労働者として使い続けることができるようになります。
 恒常的に仕事があり、その労働者を使うのであれば、派遣ではなく正社員とするのが当然でしょう。にもかかわらず、労働者を入れ替えてその仕事を続ける。労働者の方は別の業務で派遣労働者として働き続けることになる。労働者にとっては、不安定な細切れ雇用で技能の蓄積が断ち切られることになります。
 法案では、「過半数労働組合から意見を聴取した場合には、さらに3年間派遣労働者を受け入れることができる」とされていますが、労働組合の意見が歯止めになるとは思えません。現在の状況を見れば、労働組合は経営側の意向に抵抗できないからです。
── 厚生労働省は、なぜこうした法案を受け入れたのでしょうか。
五十嵐 昨年の参院選で与党が勝利し、衆参両院の「ねじれ」を解消した安倍政権は、内閣支持率の高さに支えられて徐々に安倍カラーを強め始めました。昨年8月20日に労働政策審議会の職業安定分科会労働力需給制度部会が「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会報告書」を出したのが、その表れの一つです。
 その後の議論の過程で、規制緩和推進派は厚労省に強い圧力をかけていたように見えます。例えば、昨年12月に開かれた規制改革会議雇用ワーキング・グループ会議で、大田弘子氏は厚労省の富田望課長に対して再考を促すよう注文をつけ、稲田朋美内閣府特命担当相も「今回、規制改革の意見が反映された部分はどういうところなのか」と圧力をかけています。
── 現在の安倍政権は、小泉政権時代の再来のように見えます。
五十嵐 1986年に労働者派遣法が施行されて以来、徐々に規制緩和が進みました。当初は、派遣できる職種は制限されていましたが、1999年の法改正であらゆる職種の派遣が原則自由化され、派遣できない職種をネガティブリストで定めるようになりました。そして、小泉政権時代の2004年には製造業の派遣も解禁され、派遣労働者の数が急増することになります。

残業ゼロ社員の拡大
── 産業競争力会議は、労働時間の管理を労働者に委ね、企業は原則として時間管理を行わない「裁量労働制」の対象労働者を増やすよう提案しています。
五十嵐 労働基準法では1日の労働時間を原則8時間として残業や休日・深夜の労働には企業が割増賃金を払うことを義務づけていますが、上級管理職や研究者などの一部専門職に限り労働時間にかかわらず賃金を一定にし、残業代を払わないことが認められています。
 こうした「残業代ゼロ」社員の対象を広げるように求めているわけです。年収が1000万円を超える高収入の社員や、高収入でなくても労働組合との合意で認められた社員に対象を広げようとしています。残業代を払わなくても済むようにしたいというわけです。

派遣法改悪を阻止しよう!
── 小泉政権の新自由主義政策によって格差社会が問題となり、2009年に誕生した民主党政権では新自由主義からの決別が模索されました。
五十嵐 2009年9月、民主党、社会党、国民新党の連立与党は、派遣法の再規制で合意しました。この三党合意に基づいて、2010年4月には労働者派遣法改正案が提出されましたが、やがて改正案成立を強く主張していた社民党が連立政権を離脱し、民主党は2011年に自民党、公明党との間で改正案に合意し、法案を骨抜きにしてしまいました。
 民主党の中も、規制強化派と規制緩和派に割れていたのです。民主党全体が合意できるような再規制をまずやり、それを積みあげていくというやり方があったかもしれません。2010年7月の参院選で与野党が逆転し、民主党・国民新党は少数与党となって再規制をすることは一気に難しくなってしまったのです。
 このように、民主党政権になってから派遣労働の再規制が模索されましたが、すでにそれ以前から労働の規制緩和に対する反省は高まっていました。私は、2006年が一つの転換点だったと見ています。
 同年9月に第一次安倍内閣が発足し、12月には「労働市場改革専門調査会」の会長に八代尚宏国際基督教大学教授が就き、「労働ビックバン」を一気に進めようとしました。しかし、労働の規制緩和推進派が進めようとしたホワイトカラー・エグゼンプションは「残業代ゼロ法案」と批判され、これが躓きの石となりました。
 このとき、自民党内や厚労省の抵抗が開始されていたのです。2006年末には、自民党内に雇用・生活調査会が誕生していました。この調査会に関して後藤田正純氏は、「これまで、労働法制は規制緩和の一点張りだったが、これからは党が責任を持って、規律ある労働市場の創設を働きかけていく」と語っていました。
 一方、厚労省には2007年2月に「雇用労働政策の基軸・方向性に関する研究会」が設置され、8月には「『上質な市場社会』に向けて」と題した報告書を発表します。副題に書かれている通り、この報告書は雇用労働政策における「多様性」以上に、「公正」と「安定」が重視されていました。厚労省には規制緩和がもたらした悪影響についての反省があります。労働分野で問題が生じた場合、その対応に追われるのは厚労省ですから、労働の規制緩和に慎重な態度をとらざるを得ないのです。
── 小泉時代の規制緩和の教訓をなぜ生かせないのでしょうか。
五十嵐 いまも自民党の中には規制緩和推進派と慎重派の二種類の立場があります。しかし、慎重派は安倍首相のリーダーシップの強さに押し切られ、党内で大きな声を上げられない状況にあります。安倍首相の政策に対して正面切って反対できないのです。厚労省も産業競争力会議などで規制緩和推進派から強い圧力をかけられ、押し切られています。
── どのようにして、派遣法改正をはじめとする労働の規制緩和を阻止していけばいいのでしょうか。
 自民党内部の慎重派や厚労省が抵抗できるように、世論を喚起していくしかありません。2006年に潮目が変わった背景にも、マスコミや論壇の変化がありました。すでに、2005年2月にNHK総合テレビが「フリーター漂流」を、翌2006年7月には、NHKスペシャルで「ワーキングプア」の第一弾が放映されました。同年9月には『週刊東洋経済』が「日本版ワーキングプア」という特集を組みました。こうしたワーキングプアや格差社会を懸念する世論の高まりを背景に、2006年頃から転換が開始されたのです。
 また、マスコミの援護射撃とともに、労働者の側が抵抗運動を盛り上げていく必要があります。運動と世論の力を背景に政党や議員、厚労省の官僚などに働きかけ、一方的に経営者に有利となる派遣法改正案の成立を阻まなければなりません。少なくとも法案の修正や付帯事項をつけて、少しでもましな法律にするよう、運動を展開するべきです。
── わが国はどのような労働政策を目指すべきですか。
五十嵐 アメリカは徹底した新自由主義で、規制緩和の最先端をいっています。それを模範にして日本ももっと規制緩和を進めるべきだと新自由主義者は唱えているのですが、1%の富裕層によって国民の99%が支配されるような超格差社会になり、アメリカ社会が崩れてしまっていることに注目する必要があるでしょう。
 そのようなアメリカを手本にしてはなりません。アメリカと違い、ヨーロッパ諸国は強い労働運動を背景に規制を維持し、経済危機を乗り切っています。ドイツもそうですし、北欧などもそうした路線を貫いています。日本は、そうしたヨーロッパ諸国に学び、人間らしい労働(ディーセントワーク)によって持続できる社会を目指すべきなのです。 

坪内隆彦