いま一番注目の政治家、マレーシア首相「マハティールという男」米日おくせず批判『毎日新聞』1994年11月15日付夕刊、2ページ

◇アジアの誇りを持つ、言行一致を守る人
マハティール・マレーシア首相が日本の政財界人らの注目を集めている。き然とした物言い、欧米におもねらずアジアの復権、自立を目指す一貫した政治姿勢が政治家不在ともいわれる日本に刺激を与えているようだ。マハティール本が相次いで出版され、十五日にインドネシアのジャカルタで開かれたアジア・太平洋経済協力会議(APEC)の非公式首脳会議でも動向に関心が集まる。最近の発言を基に人気の人物像に迫った。
◇「直言居士」
マハティール首相は欧米を中心とした価値観をかなぐり捨て、文化的、経済的にアジアの復権、自立を目指そうと訴え、積極的に発言し、行動している。
その象徴が一九九〇年十二月に打ち出した東アジア経済会議(EAEC、当時はEAEG)構想だ。東南アジア諸国連合(ASEAN)六カ国と日本、中国、韓国、香港、台湾など東アジア諸国・地域が手を組み、経済協力を積極的に進めようとするもの。ところがこの構想から排除された欧米、特に米国が強く反発、日本などアジアの関係各国にEAECには参加するな、と圧力を掛けている。
だがマハティール首相は「EAECは貿易ブロックでも自由貿易圏でもない話し合いの場。我々は人種差別主義者ではない。もし、そういうなら、欧州連合(EU)や北米自由貿易協定(NAFTA)をつくった欧米の方が人種差別的だ」と言い返した。
発言だけでなく、行動でもき然としたところを見せる。昨年十一月、米シアトルで開かれた初のAPEC非公式首脳会議にただ一人、欠席した。この会議がアジアを中心とするAPEC加盟国の合議に基づいて開催されるのではなく、クリントン米大統領の個人的提案で開かれることへの批判の意思表示だった。
この行動を豪州のキーティング首相が「頑固者」と批判したが、マハティール首相は「私の欠席についてなぜ豪州が米国より怒るのかわからない。子供だったらたたくところだ」とやり返し、結局キーティング首相が謝罪した。
中国に対する西側の人権外交にも批判の矛先を向けた。今年五月の中国・北京での講演では「最悪なのは西側民主国家が非民主的な手段で彼らの原則を押し付けることができると考えていることだ」と米国を批判している。
<関連本もブームに>
◇期待と注文
マハティール首相は親日家として知られる。副首相時代から公式、非公式を含め年数回の来日を続けている。その経験を基に日本や韓国に学べという「ルック・イースト(東方)」政策を打ち出した。だが「日本が東アジアのリーダーに」という期待を見せる一方、厳しく注文もつける。
八月末にマレーシアを初訪問し、第二次世界大戦での日本の行為を謝罪した村山富市首相に「過去の謝罪を続けるのは理解できない」と述べたうえで、「過去は教訓にすべきだが、未来を考えるべき。アジアの平和と繁栄のために役割を担うべきだ」と進言した。言葉による謝罪ではなく、EAECでアジアのリーダーとしての役割を果たすことが真の償いという主張だ。
だが、村山首相は「関係各国の理解と支持を得ることが大変重要」と答えるにとどまった。米国を気遣う発言にマハティール首相は失望、十月に大分県別府市で行った講演で「日本は米国に負うところがあるように、もしくはそれ以上にアジア諸国に過去ばかりでなく現在も負うところがある」と厳しい姿勢を示した。
<米日をおくせず批判>
◇日本からは
この秋、マハティール本ブームが起きている。
マハティール首相との共著「『NO』と言えるアジア」(光文社)を出版した衆院議員、石原慎太郎さんは「残念ながら、二十一世紀に日本が果たすべき役割についてマハティール首相の方が日本の政治家よりも的確にとらえている」と評価する。石原さんは「米国をイライラさせているのは、EAECが意味のある構想であることの証明」と語り、日本も積極的に参加すべきだと主張する。
「アジア復権の希望マハティール」(亜紀書房)を著した坪内隆彦さんは「アジア的手法や価値観と欧米的なものの見方の両方を尊重すべきだと主張する点に注目する」と語る。「五月、シンガポール政府はクリントン大統領の中止要請にもかかわらず、米国人青年にむち打ち刑を科したように、経済発展を背景にアジア人は自信を持ち始めている。その最も先鋭的な代弁者がマハティール首相。欧米、アジアにどっちつかずの態度を取っている日本は、いずれ双方から不審の目で見られかねない」と警告する。ただ「日本の国連常任理事国入りを積極的に支持するマハティール首相を利用し、軍事大国化を推し進めようという覇権主義的な動きもある」と憂慮する。
マハティール首相の自宅に招かれたという関本忠弘NEC会長は「マハティール首相は、アジア人としての世界観を持ち、日本や米国にも正論を言う一流の政治家。心臓病の手術も、自国の技術を信頼して自国で受けるなど言行一致している」と称賛する。
言行一致など遠い昔に忘れ去られた日本の国民にはマハティール首相は大いなる魅力に包まれた政治家に見えるのかもしれない。
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マハティール首相は1925年生まれの68歳。大学卒業後、開業医を経て65年に政界入りし、81年7月に第4代の首相に就任した。マレー人でイスラム教徒。就任直後に、勤務中のティータイム廃止、政府幹部のゴルフ自粛など植民地統治の残滓(ざんし)一掃を図り、アジア主義に基づくマレー人の意識改革を進めた。

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