「近代の超克」関連文献


書籍

 

著者 書籍写真 書名 出版社 出版年 備考
岩本真一 超克の思想 水声社 2008年12月
子安宣邦 「近代の超克」とは何か 青土社 2008年5月
廣松渉 廣松渉著作集 第14巻(近代の超克) 岩波書店 1997年
矢野暢 近代の超克 : 世紀末日本の「明日」を問う 光文社 1994年
福田和也 「内なる近代」の超克―日本人として、如何に自らを語るのか PHP研究所 1993年
花田清輝 近代の超克 講談社 1993年
難波田春夫著、経済学研究会編 近代の超克 行人社 1992年
廣松渉 「近代の超克」論 : 昭和思想史への一視角 講談社 1989年
竹内好 近代の超克 筑摩書房 1983年
廣松渉 「近代の超克」論 : 昭和思想史への一断想 朝日出版社 1980年
河上徹太郎他著 近代の超克 冨山房 1979年
花田清輝 近代の超克 ; もう一つの修羅 (花田清輝著作集 / 花田清輝著 ; 4) 未来社 1964年
河上徹太郎他著、知的協力会議編 近代の超克 創元社 1943年

雑誌

 

著者 タイトル 雑誌名 巻・号 発行日
桶谷 秀昭 思想と思想者─回想の人々(第1回)近代の超克 『澪標』 6(3) (通号 59) 2009.秋
代田 智明 竹内好『近代とは何か』『近代の超克』再読 『中国研究月報』 63(7) (通号 737) 2009.7
遠藤 浩一、櫻井 よしこ、田久保 忠衛 他 8人ラスト大座談会 諸君!これだけは言っておく─気鋭の論客が一堂に会して繰り広げる平成版「近代の超克」、火花散る五時間半の大激論! 『諸君!』 41(6) 2009.6
田中 貴子 近代知識人の見た〈中世〉(17)「近代の超克」と実朝への道 『一冊の本』 14(5) (通号 158) 2009.5
保阪 正康 ナショナリズムの昭和(第41回)「近代の超克」が問うた「大東亜戦争」 『諸君!』 41(4) 2009.4
菅原 潤 保田与重郎と三木清におけるロマン主義─「近代の超克」再考(その5) 『長崎大学総合環境研究』 11(2) 2009.3
丸川 哲史 竹内好「近代の超克」論、あるいは第三世界の主権(談話) (特集 田母神論文の批判的考察) 『情況 第三期』 10(2) (通号 81) 2009.3
梅森 直之 書評 『「近代の超克」とは何か』(子安宣邦著) 『社会思想史研究』 33 2009
Cardonnel Sylvain Nishida avec Numa: le Japon et les demons de la modernite (1/4) 『国際文化研究』 13 2009
神山 睦美 小林秀雄と「近代の超克」─太平洋戦争下の文学思想状況とその意義 『アジア太平洋レビュー』 6 2009
田中 等 「近代の超克」を超克せよ!─〈東/西〉二項図式へのグリンプス (特集 猪飼野どまりの生涯を知るまい。) 『リプレーザ』 5 2008.Win.
山田 祐一郎 近代の超克とは何か (特集 会津研究報告会) 『澪標』 5(7・8) (通号 54・55) 2008.10・11
岩田 温 もうひとつの『近代の超克』論─H・ハルトゥーニアン『近代による超克』の衝撃 『新日本学』 9 2008.夏
菅原 潤 中島栄次郎と保田与重郎の「不安」─「近代の超克」再考(その4) 『長崎大学総合環境研究』 11(1) 2008.9
松本 健一、中島 岳志 中国とインドは「近代の超克」の轍を踏むか 対談 (ナショナリズムの近代に学ぶ) 『中央公論』 123(9) (通号 1493) 2008.9
子安 宣邦 中公読書室 著者に聞く 子安宣邦『「近代の超克」とは何か』 『中央公論』 123(8) (通号 1492) 2008.8
岩田 温 『近代の超克』はいかに読まれてきたのか 『新日本学』 8 2008.春
染谷 武彦 書評 小林敏明『廣松渉─近代の超克』 『情況 第三期』 9(2) (通号 71) 2008.3・4
菅原 潤 亀井勝一郎におけるニヒリズム─「近代の超克」再考(その3) 『長崎大学総合環境研究』 10(2) 2008.3
子安 宣邦 近代の超克(最終回)アジアによる超克とは何か─「方法としてのアジア」をめぐって 『現代思想』 36(3) 2008.3
子安 宣邦 近代の超克(第11回)アジア主義という近代日本の対抗軸─日本近代史と戦争の二重性 『現代思想』 36(2) 2008.2
キム テギョン 『旅愁』試論─「近代の超克」としての建築 (特輯 横光利一) 『比較文學研究』 (通号 92) 2008.11
子安 宣邦 近代の超克(第10回)「近代の超克」と戦争の二重性─竹内好と「永久戦争」の理念 『現代思想』 36(1) 2008.1
阿部 守利 近代の超克─バイオライフタウン構想の実践 『社学研論集』 12 2008
前田 雅司 近代の超克とポスト・モダンのパラドックス 『年報人間科学』 (29) (分冊2) 2008
子安 宣邦 近代の超克(第9回)ドレイ論的日本近代批判─竹内好と二つの魯迅 『現代思想』 35(16) 2007.12
小林 敏明 「近代の超克」とは何か─竹内好と丸山眞男の場合 (「日本論」への視角) 『Ratio』 4 2007.11
子安 宣邦 近代の超克(第8回)たとえ戦争が無償に終わっても─保田與重郎の戦時と戦後 『現代思想』 35(14) 2007.11
子安 宣邦 近代の超克(第6回)東亜と「日本的平和(パックス・ニッポニカ)」の構想─帝国の冀求は東亜永遠の安定にあり 『現代思想』 35(11) 2007.9
菅原 潤 「世界史的立場と日本」との対比─「近代の超克」再考(その1) 『長崎大学総合環境研究』 9(2) 2007.9
菅原 潤 超克論の原点としての生田長江─「近代の超克」再考(その2) 『長崎大学総合環境研究』 特別号 2007.8
子安 宣邦 近代の超克(第5回)詩は世界秩序を変革する─日本浪漫派と文学的叛乱 『現代思想』 35(10) 2007.8
小林 敏明 干渉する影『廣松渉─近代の超克』によせて 『本』 32(7) (通号 372) 2007.7
子安 宣邦 近代の超克(第4回)「世界史の哲学」の時─座談会 世界史的立場と日本 『現代思想』 35(8) 2007.7
子安 宣邦 近代の超克(第3回)事変の現実と理論との間─座談会 大陸政策十年の検討 『現代思想』 35(7) 2007.6
子安 宣邦 近代の超克(第2回)なぜ「近代」とその超克なのか─「近代の超克」と三つの座談会 『現代思想』 35(6) 2007.5
子安 宣邦 近代の超克(第1回)「近代の超克」論の序章─昭和イデオロギー批判 『現代思想』 35(5) 2007.4
田村 伊知朗 近代の超克に関する理論的考察─知的協力会議編『近代の超克』(創元社、1943年)の近代思想史的位置づけを媒介にして 『人文論究』 76 2007.3
位田 将司 横光利一「純粋小説論」と「近代の超克」─「第四人称」という「戦争」 (特集 横光利一と〈戦争〉) 『横光利一研究』 5 2007.3
子安 宣邦 近代の超克(第7回)宣戦になぜかくも感動したのか─「支那事変」と「大東亜戦争」との間 『現代思想』 35(12) 2007.1
阿部 守利 近代の超克─インド社会から見えるもの 『社学研論集』 10 2007
島田 智子 歴史家としての鈴木成高─戦後の著作における「近代」の「超克」 『関西大学西洋史論叢』 9 2006
竹内 裕 近代の超克とヘブライ思想─他者在りゆえにわれ在り (アニマへの根源的アプローチの諸相) 『UTCP研究論集』 4 2006
宮本 久雄 石牟礼文学と近代の超克─アニマのくにをめぐって (石牟礼文学から始める) 『UTCP研究論集』 4 2006
序文 たましい(魂・anima)への旅─天草プレアニミズムと近代の超克・石牟礼文学から始める 『UTCP研究論集』 4 2006
佐藤 圭一 ヴェーバーとシュミット─近代の超克(上) 『国学院大学栃木短期大学紀要』 40 2005年度
古田 博司 東アジアの近代の超克 (シンポジウム 東アジアをいま再考すること) 『中国』 20 2005.6
荒 岱介、いいだ もも、古賀 暹 近代の超克とマルクス主義─『近代の超克論者 廣松渉理解』をめぐって 『情況 第三期』 6(3) (通号 50) 2005.4
荒 岱介 廣松渉没後10周年 近代の超克は今こそ必要な問題意識だ (特集 大政翼賛の社会はイヤだ) 『理戦』 (通号 77) 2004.Sum.
情況 特集 近代の超克─アジア主義 『第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
丸川 哲史、米谷 匡史 アジア主義、「近代の超克」論、そして脱冷戦─尾崎秀実と竹内好 『情況 第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
宇波 彰 現代思想から見る廣松渉の哲学 (特集 近代の超克─アジア主義) 『情況 第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
星野 智 「東亜の新体制」と東アジア共同体─廣松渉の東北アジア論 (特集 近代の超克─アジア主義) 『情況 第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
山本 耕一 二つの≪近代の超克≫論─廣松渉と京都学派 (特集 近代の超克─アジア主義) 『情況 第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
古賀 暹 日本ナショナリズム批判序説(3)京都学派および西田幾多郎への廣松渉の視座─「東亜新体制」論が投げかけるもの (特集 近代の超克─アジア主義) 『情況 第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
荒 岱介 東北アジアを歴史の主役に─近代の超克論者として廣松を読み返す (特集 近代の超克─アジア主義) 『情況 第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
仲正 昌樹 戦後左翼にとっての「アメリカ」 (特集 近代の超克─アジア主義) 『情況 第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
大越 愛子、中原 道子、井桁 碧 戦後思想をジェンダーと一国主義を超えた視点から問い直す (特集 近代の超克─アジア主義) 『情況 第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
孫 歌、陳 光興、阿部 幹雄 訳 文化「間」実践の可能性(上) (特集 近代の超克─アジア主義) 『情況 第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
緒形 康 書かれなかった「近代の超克」 (特集 近代の超克─アジア主義) 『情況 第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
花森 重行 歴史に抗する”歴史”へ─堀田善衞における上海体験と「第三世界」 (特集 近代の超克─アジア主義) 『情況 第三期』 5(8) (通号 43) 2004.8・9
キム ハン いまここの、あるいは、すでに過ぎ去った近代─廣松渉著『近代の超克論』(民音社)の訳者後記 (特集 哲学者としての廣松渉─その出発点) 『情況 第三期』 5(6) (通号 41) 2004.6
福田 和也 近代の超克について (特集:柄谷行人の哲学・トランスクリティーク) ─ (批判吟味の諸相2─近代文学の終わり) 『國文學 : 解釈と教材の研究』 49(1) (通号 706) 2004.1
木村 友彦 『旅愁』と<近代の超克>─近代超克の原理 『横光利一研究』 2 2004.02
山本 耕一 「近代の超克」が遺したもの─高山岩男『哲学的人間学』をよむ (特集 戦後日本の思想を通してみる現代) ─ (戦後への架橋) 『アソシエ』 12 2004
山本 直人 戦時期龜井勝一郎の宗教的思索─『親鸞』と自力の超克 『東洋学研究』 (通号 41) 2004
佐藤 泉 外国文学研究者の「近代の超克」─河上徹太郎の西欧/竹内好の中国 (特集 「一九四〇年代文学」は可能か) 『日本文学』 52(11) 2003.11
佐藤 正則 セルゲイ・ブルガーコフにおける近代の超克とマルクス評価 『ロシア史研究』 72 2003
山口 直樹 紹介 小野清美『テクノクラートの世界とナチズム─「近代の超克」のユートピア』 『科学史研究』 41(224) 2002.冬
高杉 公望 「近代の超克」とポスト・モダン─廣松渉『〈近代の超克〉論』をめぐるメモ (特集 今、なぜ廣松思想なのか(1)廣松哲学と現代思想) 『情況 第三期』 3(6) (通号 20) 2002.7
木村 友彦 神保光太郎─<詩>/<近代>の<超克>への視線 (特集=日本浪曼派とその周辺) ─ (日本浪曼派の人々とその周辺) 『国文学 : 解釈と鑑賞』 67(5) 2002.5
桶谷 秀昭、松本 健一 真珠湾奇襲!「暗雲が晴れてスキッとした気がした」 あの「解放感」は何だったのか─泥沼化した支那事変を打開した十二月八日を巡る知識人の発言は「近代の超克」に始まる 『諸君!』 34(1) 2002.1
いいだ もも <近代の超克>ふたたび(3)河上徹太郎「結語」と三好達治・高村光太郎の「詩的精神」 『情況 第三期』 2(4) (通号 8) 2001.5
情況 第二特集 近代の超克を考える 『第三期』 2(3) (通号 7) 2001.4
今井 弘道 現代における政治の脱国家化と〈近代の超克〉 (第二特集 近代の超克を考える) 『情況 第三期』 2(3) (通号 7) 2001.4
いいだ もも <近代の超克>ふたたび(2)京都学派ならびに不参加の国粋右翼の場合 『情況 第三期』 2(2) (通号 6) 2001.03
川勝 平太 歴史の交差点(298)「近代の超克」の弁証法 『週刊ダイヤモンド』 88(4) (通号 3818) 2000.01.29
Augustin Berque、有馬 善一 訳 特別寄稿 通態的理性と近代の超克 『現象学年報』 (通号 16) 2000
Augustin Berque、廣瀬 覚 訳 風景と近代の超克─宗炳の原理 『思索』 (通号 33) 2000
野田 裕久 『近代の超克』における少数意見について 『愛媛法学会雑誌』 26(2) 1999.11
小林 昌人 マルクスと「近代」の超克 (特集 マルクス・今) 『理想』 (通号 662) 1999.01
川勝 平太 歴史の交差点 「近代」の超克は「アジア」の超克 『週刊ダイヤモンド』 86(44) 1998.11.07
桶谷 秀昭 「近代の超克」論─昭和精神史・戦後篇(11) 『文學界』 52(11) 1998.11
高沢 秀次 近代の超克とアメリカニズム (特集 ヨーロッパから学びうるもの) 『発言者』 (通号 52) 1998.08
清水 多吉 『啓蒙の弁証法』と『近代の超克』 (特集 フランクフルト学派の新潮流) 『情況 第三期』 9(4) 1998.05
黒田 秀高 「近代の超克」と「日本への回帰」─大戦前夜における日本の文化・思想の混迷を省みて 『日本及日本人』 (通号 1630) 1998.04
服部 裕 近代なき「近代の超克」─「世界史的立場と日本」の意味 『秋田大学教育学部研究紀要』 (通号 53) 1998.03
大平 剛 吉満義彦の「近代の超克」論─遠藤周作の初期のテーマを理解するために 『国語国文研究』 (通号 103) 1996.05
高沢 秀次 丸山真男と近代の超克 『諸君!』 27(11) 1995.11
佐藤 瑠威 カール・レーヴィットと戦後日本の「近代主義」─近代の超克問題をめぐって 『別府大学紀要』 (通号 36) 1995.01
座談会 吉本 隆明、座談会 梅原 猛、座談会 中沢 新一 日本人は思想したか-5完-「近代の超克」から現代の「超克へ」 『新潮』 91(9) 1994.09
川村 湊 <書評>西田勝著『近代は否定できるか』 : 「近代の超克」の超克 日本文學誌要 49 19940315
佐藤 瑠威 日本における<近代の超克>問題 『別府大学紀要』 (通号 35) 1994.01
清水 太郎 「歴史的形成作用の論理」の光と影─西田幾多郎の「近代の超克」論再考 (西田幾多郎<特集>) 『現代思想』 21(1) 1993.01
緒形 康 書かれなかった「近代の超克」 (日中復交20周年記念特集号) 『愛知大学国際問題研究所紀要』 (通号 97) 1992.09
多田 真鋤 「近代の超克」の思想─高山岩男教授の所説をめぐって 『横浜商大論集』 25(1・2) 1992.03
伊豆 利彦 「近代の超克」の周辺─林房雄「勤皇の心」と『青年』〔含 討論〕 (日本文学協会第45回大会報告(文学の部・総会)<特集>) ─ (日本文学における<他者>と<天皇制>・文学の部) 『日本文学』 40(3) 1991.03
桶谷 秀昭 昭和精神史のこころみ-14-日米開戦と近代の超克 『文學界』 44(11) 1990.11
富岡 幸一郎 「近代の超克」とポスト・モダン (戦後派世代が読む福田恒存<特集>) 『諸君!』 20(1) 1988.01
山科 三郎 国民意識統合の思想と論理─「近代の超克」論と臨教審答申 『文化評論』 (通号 316) 1987.07
小林 道徳 「近代の超克」とは何か-下- 『自由』 29(7) 1987.07
小林 道徳 「近代の超克」とは何か 『自由』 29(6) 1987.06
吉田 傑俊 「近代の超克」哲学の諸問題─”広松哲学”の批判的考察 (現代哲学の諸問題) 『季刊科学と思想』 (通号 64) 1987.04
中村 雄二郎 <近代の超克>と<ポスト・モダン>─西田幾多郎への一視点 『現代思想』 15(1) 1987.01
小林 憲二 ポスト・モダニズムから<近代の超克>へ─トマス・ピンチョンそしてトニ・モリスン 『英語青年』 132(9) 1986.12
猿渡 重達 「吉満義彦全集」垣花秀武ほか編─近代の超克めざして 『ソフィア』 34(4) (通号 136) 1986
鰺坂 真 広松渉氏の「近代の超克」論─非合理主義的観念論への追随-下- 『前衛』 (通号 518) 1985.02
鰺坂 真 広松渉氏の「近代の超克」論─非合理主義に追随する現代の観念論-上- 『前衛』 (通号 517) 1985.01
佐藤 静夫 「近代の超克」と現代文学─「浪曼主義」再評価のイデオロギー的役割 『前衛』 (通号 504) 1984.03
多田 量平 竹内芳郎「近代の超克」の立場-下- 『前衛』 (通号 500) 1983.11
吉田 熈生 戦時下の評論文学─「近代の超克」をめぐって (戦時下の文学<特集>) ─ (戦時下の文学界) 『国文学 : 解釈と鑑賞』 48(11) 1983.08
吉田 傑俊 戦後否定論の「論理」と心理─江藤淳氏における新「近代の超克」論批判 『文化評論』 (通号 267) 1983.06
中馬 清福 中曽根史観と「近代の超克」 (中曽根政権の一〇〇日─岐路に立つ自民党政治) 『中央公論』 98(4) 1983.04
多田 量平 竹内芳郎「近代の超克」の立場-上-近代諸科学に敵対する特異な文明論 『前衛』 (通号 498) 1983.1
武田 友寿 唐木順三・その「近代の超克」の思想 (唐木順三と反近代-2-(人と思想-4-)<特集>) 『心』 33(12) 1980.12
橘川 俊忠 昭和思想史の可能性を開く─広松渉「<近代の超克>論─昭和思想史への一断想」(思想と潮流) 『朝日ジャーナル』 22(30) 1980.07.25
南坊 義道 保田与重郎における反近代の思想─その「近代の超克」論批判 (転形期の思想─三〇年代からのメッセージ<特集>) 『現代の眼』 21(3) 1980.03
宮内 豊 「近代の超克」を見直す(文学は開かれる) 『すばる』 2(2) 1980.02
柴田 庄一 リルケにおける<近代の超克>─「見えないもの」への変容をめぐって 『ドイツ文学研究』 (通号 12) 1980
田村 正勝 社会科学方法論考─近代の超克と社会科学の新生のために 『早稲田社会科学研究』 (通号 19) 1979.1
西田 照見 「近代の超克」への批判の覚え書 (近代を越える視点<特集>) 『現代の理論』 13(12) 1976.12
河原 宏 「近代の超克」と科学・技術 (ファシズム部会特集) 『社会科学討究』 21(2) 1976.01
中村 完 近代への疑い─「近代の超克」へ(知性と主体) (日本文学の1930年代─彷徨と混迷のなかで<特集>) ─ (日本文学のなかの1930年代) 『國文學 : 解釈と教材の研究』 20(9) 1975.07
三上 治 竹内好論─国家死滅への視座─過渡期と「近代の超克」 (超国家と流民の論理(特集)) 『現代の眼』 14(3) 1973.03.00
塚本 康彦 座談会「近代の超克」 『日本文学』 20(8) 1971.08.00
対談 中村 光夫、大岡 昇平 回想の「文学界」─「純粋小説論」と「近代の超克」 『文學界』 25(6) 1971.06.00
山田 慶児 他 近代の超克めざす中国 土法の思想を中心に(座談会) (「中国」土法の思想と実践と(特集)) 『科学朝日』 31(1) 1971.01
碧海 純一 近代合理主義の復権─「近代の超克」の愚をくりかえさぬために 『自由』 12(5) 1970.05.00
近代の超克の意味するもの (近代と反近代(特集)) 『国文学 : 解釈と鑑賞』 34(12) 1969.11.00
大久保 典夫 戦時下『文学界』の近代の超克 (近代と反近代(特集)) ─ (近代の超克の意味するもの) 『国文学 : 解釈と鑑賞』 34(12) 1969.11.00
村松 剛 戦後における近代の超克─覚書として (近代と反近代(特集)) ─ (近代の超克の意味するもの) 『国文学 : 解釈と鑑賞』 34(12) 1969.11.00
谷崎 昭男 「近代の超克」について─「超克」ということばの問題 『史潮』 (通号 102) 1968.02.00
小笠原 克 「近代の超克」試論 (近代文学評論史の問題点(特集)) 『日本近代文学』 (通号 7) 1967.11.00
古林 尚 「近代の超克」批判 『國文學 : 解釈と教材の研究』 10(7) 1965.06
宮川 透 近代日本哲学史における<近代の超克>─われわれの思想における東と西の問題 『比較文化研究』 (通号 2) 1961
荒 正人 「近代の超克」-6- 『近代文学』 15(8) 1960.08
浜田 新一 「近代の超克」論議のむなしさ 『新日本文学』 15(7) 1960.07
荒 正人 「近代の超克」-5- 『近代文学』 15(7) 1960.07
古在 由重 他 「近代の超克」をめぐる問題(座談会)-続- 『多喜二と百合子』 8(7) 1960.07
佐古 純一郎 自我と「近代の超克」 『新日本文学』 15(5) 1960.05
佐々木 基一 他 「近代の超克」をめぐって(座談会) 『新日本文学』 15(5) 1960.05
瓜生 忠夫 わたしの”ミュージカル”─「近代の超克」を否定し肯定する 『新日本文学』 15(5) 1960.05
荒 正人 近代の超克-3- 『近代文学』 15(5) 1960.05
竹盛 天雄 「近代の超克」再評価への疑問 『日本文学』 9(5) 1960.05
山田 宗睦 思想史の方法規定への試み─竹内好「近代の超克」をめぐって-下- 『歴史評論』 (通号 116) 1960.04
谷川 雁 近代の超克─私の解説 『新日本文学』 15(6) 1960.04
重雄 誠子 他 「近代の超克」をめぐる問題(座談会) 『多喜二と百合子』 8(6) 1960.04
相馬 庸郎 座談会「近代の超克」の一つの教訓─「職人」の論理 『日本文学』 9(4) 1960.04
小松 摂郎 ふたたび近代の超克について─唐木順三と竹内好 『理想』 (通号 322) 1960.03
荒 正人 「近代の超克」-1- 『近代文学』 15(3) 1960.03
山田 宗睦 思想史の方法規定への試み─竹内好「近代の超克」をめぐって-上- 『歴史評論』 (通号 114) 1960.02
小松 摂郎 近代の超克─吉本隆明と花田清輝 『理想』 (通号 321) 1960.02
小田切 秀雄 「近代の超克」論について 『文学』 26(4) 1958.04
奥野 健男 再版「近代の超克」 『群像』 11(7) 1956.07

 

コメントを残す