書評 フィリップ・リンベリー他著『ファーマゲドン』

 破傷風菌やジフテリア菌といった細菌に感染した際には、抗生物質が投与される。しかし、抗生物質は人間の健康保持に必要な常在菌までも殺してしまい、人体に重大な影響を及ぼす可能性があると指摘されている。
 それ以上に恐ろしいのは、抗生物質が効かないスーパー耐性菌の出現だ。2050年には年間1000万人がスーパー耐性菌で死亡すると予測されている。民主党の原口一博元総務相が昨年入院中に、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に院内感染したが、これもまたスーパー耐性菌の一種である。
 本書はまた、細菌が抗生物質に対する耐性を獲得することによって、一般的な感染症もまた、再び致命的な病気になると警告している。腸チフス、結核、肺炎、髄膜炎、破傷風、ジフテリア、梅毒、淋病などに対して有効な治療法がなくなるということを意味する。
 元凶は、畜産における抗生物質の乱用だ。そして、この乱用の原因が、本書が指摘する「効率と生産性を徹底的に追求する工業型農業」である。例えば、豚を効率的に飼育するためには、狭い場所にぎゅうぎゅう詰めにして飼育した方がいい。土地も、必要な労働力も小さくて済む。しかし、豚をこんな劣悪な環境に押し込め、ろくに運動もさせていないので病気にかかりやすくなる。そこで、病気予防のために大量の抗生剤が使われることになるのだ。抗生剤は豚の成長を早める働きもあるため、なおさらその使用に拍車がかかる。

 本書は、攻撃的なウイルスによる病気の急増と工場型畜産の関係を次のように指摘している。
 「鳥インフルエンザや豚インフルエンザといった攻撃的なウイルスによる病気は、集約型畜産と密接に関わっている。……H5N1型ウイルスのような高病原性鳥インフルエンザは、極東地域で家禽産業が急成長した時期に発生した…世界中で大量の家禽を狭い檻に押し込めて飼ってきた人間は、命を脅かす鳥インフルエンザという形で、そのしっぺ返しを受け始めたようだ」(191~192頁)。
 工場型畜産の問題はまだある。
 「工場式畜産の牛肉・鶏肉に比べて、牧場育ちの牛の肉は25パーセントから50パーセント脂肪が少なく、放し飼いのオーガニック・チキンは最大で50パーセント脂肪が少なかった」(215~216頁)
 本書も指摘する通り、米国はこの工場式畜産を第二次世界大戦後から開始していた。すでにルース・ハリソンが1964年に『アニマル・マシーン』で工場式畜産を告発していたが、米国はこのやり方を改めようとはしなかった。
 工業型農業はあらゆる面で破滅的な悪影響を与えている。
 「同じ作物を同じ畑で何度も繰り返し栽培し、土壌がくたびれたら、化学肥料を投入して早々に回復させる。厄介な雑草や害虫は、除草剤や殺虫剤を大量に散布して排除する」(9頁)
 モンサントはGM(遺伝子組み換え)作物を、効率と高い生産性によって正当化しようとしているが、その安全性には多くの疑問が投げかけられている。しかも、GM作物の除草剤耐性をあてにして除草剤が多用された結果、悲惨な状況がもたらされている。アルゼンチンのある町の「がん罹患率は、2000年以降、30パーセントも増えた」(283頁)。
 GM種子の導入は、インドでは大量の自殺者を生みだした。高価なGM種子と大量の肥料、殺虫剤、除草剤を購入させられた挙句、うまく育たず、多額の借金を抱えて自殺に追い込まれたのだ。
 「インドでは1995年以降、25万人以上の農場主が絶望のあまり命を断ち、何十万人もの妻や子どもたちが貧困に陥っている。30分に1人が自殺していることになり、人類史上最大の自殺の流行と見なされている」
 「家畜と作物が円満に共存する」農業を捨て、このまま工業型農業に突き進めば、まさに人類は滅亡へと向かっていくだろう。これが、本書が農業「Farm」がもたらすハルマゲドン「armageddon」=ファーマゲドンと名付けられた理由だ。
 安倍政権が推進する農業改革が工業型農業に向かうことを、断固阻止しなければならない。

坪内隆彦