岡倉天心内外で再評価――ボストン美術館が展覧会、福井で「サミット」(文化)『日本経済新聞』1999年11月13日付朝刊、40ページ

 「アジアは一つ」の言葉で知られる明治の思想家、岡倉天心(一八六二―一九一三)を再評価する動きが広がっている。ボストン美術館勤務時代の活動を初めて体系的に紹介する展覧会が始まり、福井などゆかりの地でも研究会の開催が続いている。時代の風向きによって様々な解釈がなされてきた天心の全体像を、国際的視野からとらえ直そうという狙いがある。
日米協力、実績に光
 名古屋ボストン美術館では「岡倉天心とボストン美術館」展(二〇〇〇年三月二十六日まで)が開催されている。米ボストン美術館の姉妹館として今年四月にオープンした同館が、全力をあげて取り組んだ企画だ。一九〇四年に渡米、ボストン美術館で最初の日本美術部長だったフェノロサの後を受け、中国・日本美術部の部長として活躍した十年間の業績に様々な角度から光をあてた。
 「所蔵している数多くの資料を、天心という軸でボストン美術館が今回初めて調査、研究した成果です」。企画を担当した名古屋ボストン美術館の山脇佐江子学芸部長は強調する。
 この展覧会では、ボストンでもほとんど公開されたことがなく、表装もされずにあった横山大観の「海図」、菱田春草の「月の出図」等の名作の日本初公開という話題だけでなく、天心のボストンでの実績を明らかにした点に意義がある。
 米国ではこれまで、米ボストン美術館草創期の収集家、ビゲローやフェノロサに比べると、天心の役割は忘れられがちだった。それが日米の協力による調査の結果、手紙や覚書、ボストン美術館の発行する「紀要」などの発見もあり、見方が変わった。天心は美術館での日本及び中国の芸術の地位を引き上げ、「多くの人々に東洋と西洋が、この美術館で出会うということを確信させた」(米ボストン美術館のアン・ニシムラ・モース日本美術課長)。
 日本が海外から文化を受け入れる一方の時代に、積極的に日本を米国に押し出した。「孤独な戦いだったろうが、これこそ現代に求められている国際人の姿ではなかったか」と山脇学芸部長は言う。
 現代美術の紹介で実績をあげてきたワタリウム美術館(東京・渋谷)は、昨年から「岡倉天心研究会」の名で年間を通じた講演会を開催している。今年は特に欧米、アジアを転々と巡った足跡をたどり、世界の中の天心をテーマに据えた。
 今年五月の研究会で講師をした岡倉古志郎氏は天心の孫で、アジア・アフリカ研究所の所長。非同盟運動の研究者としても知られる古志郎氏が強調するのは、インドとボストンで培った天心の国際的な人脈だ。
 インドの詩人でアジア人初のノーベル文学賞受賞者でもあるタゴールとその一家やインド独立運動家たちとの出会い。また、大富豪で美術収集家として知られたイザベラ・ガードナー夫人など、ボストンの知識人階層との交流が、「東洋の理想」「茶の本」といった英文による日本紹介書の執筆と刊行に大いに貢献したと古志郎氏はみる。
平和主義と矛盾せず
 天心が創設、昨年百周年を迎えた日本美術院が一時期本拠を置いた茨城県・五浦(いづら)、天心が亡くなった別邸のあった新潟県・赤倉、岡倉家発祥の地である福井県には、それぞれ「岡倉天心顕彰会」があり、九六年から「天心サミット」を持ち回りで主催している。今年の第四回は、十月末に福井県芦原町で開催され、顧問として画家の平山郁夫氏が就任した。
 サミットでは、機関誌の発行や資料収集といった一年間の活動を報告後、「第四回天心サミット福井宣言」として、「次代を担う国際人青少年の育成」「インド・タゴール国際大学などとの国際・国内交流の実施」など四項目の課題をまとめて閉幕した。
 天心再評価の動きについて、昨年「岡倉天心の思想探訪」(勁草書房)を刊行した、拓殖大学日本文化研究所付属近現代研究センターの坪内隆彦客員研究員は「天心のアジア思想は本来、平和主義、国際主義とは矛盾せず、普遍的な価値を持ちうる」と説く。
グローバル化で意義
 アジアは一つである――。「東洋の理想」の冒頭に掲げたこの一句のために、天心は死後、大東亜共栄圏の先導者にまつりあげられた。その背景には、一九三五年ごろから始まる国粋主義、なかでも復古的ロマン主義を唱えた日本浪曼派による、第一次とも呼ぶべき「天心復活」の動きがあった。その反動もあり、戦後は、天心の思想は厚い雲で覆われてしまった。
 天心の長男、岡倉一雄の回想録「岡倉天心をめぐる人びと」(中央公論美術出版)によると、天才、あるいはスキャンダラスといった世間の風評に反し、本人は「派手にもてはやされることの嫌いな人間であった」という。特に経済面で顕著なグローバル化の流れは、世界各地で摩擦を生み、民族主義的な感情を呼びおこしている。経済、政治など各方面で、再び日本がアジアに根をおろす姿勢を求められる今日、欧米とアジアに同時に通じた天心の可能性を、冷静に見つめ直す必要があるようだ。
(文化部 松岡弘城)

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