忘却された経済学─皇道経済論は資本主義を超克できるか 四

四、成長するための生産=「むすび」
 皇道経済論者は、人間もまた、宇宙の創造に参画すべき存在と考えた。「むすび」の思想に基づいて、この点を強調したのが、作田荘一であった。彼は、古事記や日本書紀などの古典によって、わが国独自の道の真髄を悟り、「創造そのことを以て生活の宗旨となし、『むすび』の道を以て万事を統べ貫き、而も斯の道を行ふものが億兆心を一にする全体であることは、我等の古ながらの変りなき尊い伝統である。…『むすび』の道に随ふとき、始めて労働神聖の意義が明らかとなり、その実現が保証される」とむすびを強調した[i]
 一方、古神道に没入した東京帝大教授の筧克彦は、皇産霊神(高皇産霊神と神皇産霊神)は、創造、化育、生成を行う神様であり、人間の各々も創造、化育、生成の働きを、皇産霊神の下に行っていると説いた。
 筧の影響を受けた、農本主義者の加藤完治もまた、創造とは、我々が物を作るときに、命のない物に、我々の命を叩き込む、我々の魂をその中に入れることだと述べた。そして、化育とは、命のあるものと命のあるものとが向き合って一方の命が他の命を刺激し、これによって円満完全に発展させることだとした。彼は、「磨かれた精神を以て相手の生物に対する場合、相手は立派になる、相手を立派にするべく努力するその時の又此方の魂が磨かれて行く」とも述べている[ii]
皇道経済論者は、生産を物質的次元でのみとらえるのではなく、自らの精神を向上させるという精神的価値を見いだしているのである。
 創造とは生命を相手にすることであると主張する加藤は、農業は人間の生命とはっきりした連絡があると主張し[iii]、農業を尊重しないことは、生の否定であるとまで言い切っていた。ただし、彼は農業以外の労働の意義を軽視していたわけではない。加藤は、鎌倉時代末期に登場した日本刀の名匠、岡崎五郎入道正宗を例として、日本刀を造ることは、生命のない鉄に自分の生命を注入することだと述べ、工業にも産霊の精神を見出していた。
 ここには、物質と精神を不可分にとらえようとする皇道経済論の思想が示されている。高橋輝正は、「生産」とは「自然の盲目的死的力」を理性的かつ生命をもたらす力に改変し、これを再生すると表現し[iv]、岡本廣作は、創造には単に物質的な力だけでなく、精神的な力が働くと明快に語っている[v]
精魂を込めたものづくり、匠の精神こそ、わが国のものづくりの原点であり、高い技術力の源なのではあるまいか。
 こうした皇道経済論の「生産」は、大量生産、機械化、分業といった近代的生産の対極にある。大量生産は確かに効率的ではあるが、それぞれの土地にある宇宙の恵みを無駄にしている側面がある。機械化は生産効率を上げるが、機械への依存は本来人間に備わっている能力を弱める。分業は人間の労働を分割することをも意味している。
大本教(現大本)に関与した松本富美彦は、機械主義、大量生産、分業主義によらなければ生産効率は低下するという経済学者の主張に対して、「抑も生産は社会万民の幸福のために生産能率を高める必要があるのでありまして、生産能率を上げるために生産があるのでは無い、生産能率を餓鬼の如き姿に於いて高める事のみが生産そのものの目的では断じてないのであります」と述べ、自給自足の経済組織を打ち立てるべきだと主張していた[vi]
 こうした皇道経済論の発想は、ジョン・ラスキンやマハトマ・ガンジーの労働観にも通ずる部分がある。ラスキンの近代産業資本批判を読んで、労働の尊さに目覚めたガンジーは、サティヤーグラハ・アシュラム(真理把握の道場)を設けた。そこで彼は、身にまとう物はすべて自分たちの手で作ることを目指し、工場で織られた布を利用することをやめたのである。インド製の糸だけで織り上げた手織りの布(カーディー)を用いることにした。彼は自給自足の貫徹を目指して、チャルカ(手紡ぎ車)を導入したのである。
さらに、皇道経済論は、自らの精神を向上させない経済活動を卑しんだ。この点からも、不労所得や投機による財の増殖に批判的な立場がもたらされる。こうした皇道経済論の立場は、不労所得や投機を嫌悪するイスラム経済論の考え方とも通底する。


[i]作田荘一『経済生活に於ける創造者としての国家』日本文化協会、昭和十年、六六、六七頁。
[ii]中村薫『加藤完治の世界』不二出版、昭和五十九年、一〇六頁。
[iii] 加藤完治『日本農村教育』東洋図書、昭和九年、三三頁。
[iv] 高橋『皇道経済論』一六六頁。
[v] 『日本主義経済新論』一五五頁。
[vi] 松本富美彦「皇道経済の本質と生産及労働に就ての考察」『神聖』昭和十年二月(『大本資料集成 運動』)七五六、七五七頁。

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