大川周明のアジア統一論

宋学によるアジア思想統一の歴史

近年、アジアの多様性を強調することによって「アジアは一つではない」と説いたり、日本文化の独自性を強調することによって「日本はアジアではない」と説いたりする傾向が目につく。こうした中で、大川周明が「大東亜圏の内容及び範囲」(『大東亜秩序建設』第二篇、昭和18年6月、同様の主調が『新東洋精神』昭和20年4月でも繰り返されている)や、「アジア及びアジア人の道」(『復興アジア論叢』昭和19年6月)で試みたアジア統一論の意義を、再評価する必要がある。
彼は、「大東亜圏の内容及び範囲」で、アジア各地で地方的色彩が豊かであることを認めた上で、「亜細亜文化の此の濃厚なる地方色と、亜細亜諸国の現前の分裂状態とに心奪われ、その表面の千差万別にのみ嘱目して、日本の学者のうちには東洋又は東洋文化の存在を否定する者がある」と指摘する。
「アジア及びアジア人の道」では、東洋共通の文化を描いた天心と対比して、西洋史と同じ意味での東洋史はなく、あるのは日本史、中国史、インド史等々だけであると主張した津田左右吉を代表例として名指ししている。そして、大川はアジア各地の差異と相互の対立だけを強調するのではなく、「差別の奥に潜む『亜細亜的なるもの』の有無を尋ね求むる時、初めて異論が生ずる」と書いた。
大川は、もし差異と対立だけに注目するならば、ヨーロッパにおいても、ロシア的なるもの、フランス的なるもの、イギリス的なるものの間にはほとんど共通点は認め難いと指摘し、それにもかかわらずヨーロッパはギリシアの思想、ローマの法律、キリスト教の信仰とにおいてヨーロッパ的なものを形成してきたのだと主調する。そして、彼はアジア共通の文化形成の歴史を次のように提示した。
「東洋に於ては、支那及び印度の思想・文化の交流によつて、夙くも唐代に東洋文化の成立を見、次で宋代に入りて程朱の理学が生れ、恰も羅馬法王が中世欧羅巴の精神界に君臨せる如く、宋学が印度を除く東亜全域の精神界を支配した。蓋し宋学は、華厳・禅・孔子・老子の諸教説が、宋儒の精神を坩堝として混融せられため偉大なる思想体系であり、其故にこそ遍く東亜の指導原理たり得たのである」。
さらに彼は、ヨーロッパ精神においては個人の人格価値が優位を占め、東洋精神においては超個人的共同体が優位を与えられていると指摘し、次のように続ける。 「東洋の超個人的秩序は、宇宙全体を一貫するものとされる。東洋に於いては万物の宇宙的秩序と人間の社会的秩序との間に如何なる分裂をも認めない。東洋は天・地・人即ち神と自然と人生とを、直観的・体験的に生命の統一体として把握して来たので、西洋に於ける如く、宗教と政治と道徳との分化を見なかつた。支那の『道』、印度の『ダルマ』、乃至回教の『シャル』は、みな人生を宗教・道徳・政治の三方面に分化せしめず、飽くまでも之を渾然たる一体として把握し、此等の三者を倶有する人生全体の模範とされて来た。此点に於て神と人とを峻別し、自然を無生命のものとなし、存在論に哲学の主力を集注する西洋の主潮と、著しき対照を示して居る」

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