金融資本主義が行き詰る中で、産業中心の企業経営への転換が求められている。
昭和維新運動が昂揚した昭和7年、内田良平翁が総裁を務める大日本生産党は次のように主張していた。
「……要するに、日本主義的経済社命建設に対する経済経綸の大綱は、左の各項にて尽さるゝ訳である。
一、金融機関の国家管理断行
二、産業統制及監督機関の設定
三、各産業個々の経営機構の合理化と之を基準とする各産業経営組織の統制断行
四、産業補助企業の国家管理の断行
…金融機関を国家にて管理すると共に、金融制度の徹底的改正を断行し以て、金融機関の統制を紊す根本原因たる金利中心主義に依る経営方針を改善して、産業中心に依る企業経営主義の下に、産業振興助成の責務を全ふせしむる事である。
之に依って金利中心に依る弊を除去すると共に、企業投資に対する真剣なる需要が起り産業の振興を促進するに至るは必然である。
茲に於て上述の如く、経済機構の改善をなすに伴ふて起るは海外の資本主義国の経済機構対策問題であるが、之は今日より良化さるゝ事は現在の如く、無統制なる経済機構の下に於ける種々の弊害を根本的に改修したる機構の下に於て、必然的の事であつて多言を要せざる事である.殊に金融機関の国家統制下に於ては、如何なる経済政策も有効に作用するに至る、故に産業中心の経営方針の下に合理的手段を講ずる事が出来る訳である.
加之、産業界に対する投下資本は、産業統制機関を通じて投下される事となる故に、株式取引所も全く其機能を実質的に統制せらるゝ事に依つて投機的気風も一掃さるゝ訳である。
殊に、現機構の下に於ける労資の勢力を平等均等ならしむる為めには、企業執行機関をして労資均等を保たしむると共に、利益処分は全く平等ならしむる意義に於て、企業関係者全員を株主たらしむるべきを理想とすべきである。
斯くて産業中心の国民本位の経済社会制度の確立を見るのであるが、此制度を更に理想的ならしむるには全国民が日本主義精紳を信奉し、以て共存共栄の一致団結せる社会を示現せしむべく、協心協力する事が絶対に肝要なるを特記する次第である」(同党産業調査部編『日本新経済策 前巻』)