スパイス
スパイスの目的と歴史（11日目）
東南アジアにはスパイシーな食べ物が少なくない。ここでスパイシーというのは、単に辛いということだけでなく、文字通りスパイスをふんだんに使った料理という意味だ。
例えばインドネシアには、「ルンダン」という牛肉のココナッツ煮があるが、この料理には数種類のスパイスが欠かせない。「ソプブントット」というオックス・テールのスープには、コショウ、ショウガだけでなくナツメグ、メース、シナモン、クローブなどを用いる。
インドネシアのモルッカ諸島は、スパイス・アイランド（香料諸島）として知られている。古代からクローブ、ナツメグ、メースをはじめとする貴重な香料の産地だったのである。インドネシアがスパイス料理の中心になったのも偶然ではないわけだ。
ご承知の通り、スパイスは、植物の種や実、花、葉、茎、木の皮などから作られるもので、世界には数百種類のスパイスがあると言われている。各種スパイスを前もってブレンドしておいて料理に使う点では、インドと共通する。カレー粉も、もともとはブレンドされた粉状のスパイス。インドのガラム・マサラ（garam masala）が最も典型的で、クロコショウ、コリアンダー、クミン、クローブ、シナモン、カルダモンなどの香りの強いスパイスを軽く煎り、石臼で挽く。これを瓶などで保存し、必要なときに料理に使うのである。
スパイスには、コショウ、トウガラシ、マスタード、ショウガといった「辛み付け」のためのスパイス以外に、「色付け」、「香り付け（臭み消し）」を目的としたものとがある。また、スパイスには腐敗防止の機能もある。
「色付け」としては、「うこん」の名でも呼ばれる黄色のターメリックや赤のパプリカがよく知られている。カレーの色は黄色だが、これはターメリックの色。根茎を水洗いし、一度ゆでてから乾燥させたものをスパイスにする。たくあんやマスタードの色付けにも使われる。
クローブなどは、「香り付け」に使われることが多い。クローブは、花のつぼみを乾燥した、くぎのような形の香辛料で、肉に刺してローストしたり、飲み物の香りづけに使ったりする。ヨーロッパ人にとっては、「香り付け」以前に「臭い消し」として重宝された。
ヨーロッパ人の食生活は肉中心だが、肉は新鮮な肉ではなく、塩漬けにして貯蔵されたもので、肉の臭さを消すためには、スパイスを必要としたのである。インド人、ペルシア人、アラビア人らの手をへて、東南アジアのスパイスはコンスタンチノープルへ運ばれ、それをベニスの商人が買付け、ヨーロッパ各地へ販売していた。
だが、一四五三年、オスマン・トルコがコンスタンチノープルを占領、このスパイス・ルートを切断してしまう。ヨーロッパ人たちは、直接アジアに乗り込みスパイスを確保することを決意したというわけだ。ヨーロッパ列強のアジア進出の背景は単純ではないが、これらスパイスの独占が大きな理由だったことは間違いない。
ところで、クローブの主成分のオイゲノールには、殺菌、抗酸化作用が強いため、漢方薬としても用いられている。胃痛や吐き気、歯痛を和らげる効能がある。虫歯の痛み止めの薬などには、クローブのエキスが使われていることが多く、独特の強い香りがある。
ここで、我々は、スパイスが医療と分かち難く結び付いてきた歴史に注目する必要がある。
鶴見良行氏は、かつて『マラッカ物語』において島嶼東南アジアの原初香料文化が何であったかを追求し、「宗教と呪術との結びつき」こそが原初的形態だったと推測している。原始宗教の儀式において、香を焚くことが特別の意味をもていたからである。
さらに鶴見氏は、腐敗防止の効果を利用して、死体の処理にも香料が用いられていた古代の歴史にも言及している。東南アジアのスパイス利用の歴史は、宗教と医療と料理の密接な関係を物語っているのである。
スパイス名 英語 フランス語 中国語 日本語 オールスパイス allspice piment 三香子 百味(ひゃくみ)コショウ クローブ clove girofle 丁香 丁字（ちょうじ） サフラン saffron safran 番紅花 さふらん シナモン cinnamon cannelle 桂皮、肉桂 桂皮（けいひ） ターメリック turmeric curcuma 欝金 宇金（うこん） ナツメグ nutmeg nuscade 肉豆蒄 肉豆蒄（にくずく） カルダモン cardamon cardamome 小豆蒄 小豆蒄（しょうずく） パブリカ paprika poivre de guinee 甘唐辛子
