度会延佳『陽復記』テキスト 4 崎門学研究会 輪読用資料

 度会延佳の『陽復記』テキスト4。平重道校注(『日本思想体系 39 近世神道論 前期国学』岩波書店、86~117頁)。

『陽復記』上(88~89頁)
 冠昏喪祭の礼も我国にしたがひてよ。但末代にて律令格式等の書も、家々に邪秘し他見をもゆるさぬ事なれば、しらぬ故ともいはんか。されど格式等も異国の法を考て、此国の古法に合て定たると見えたれば、吾国の古法のみにもあらず。今とても異国の礼を用るをひたすらあしきとも云がたし。同姓をめとらぬ事などは、我国の古法には見あたり侍らねど、唐よりは日本国は同姓をめとらぬ国としるしける、いかゞ聞傅るぞや。無実なる説なれどもいにしへは左様の人の我国にも多かりけるにや。此事ふかき子細あるべし。我国にも昔より藤氏ぞ天子の御外戚に定り給ふなれば、いにしへはさも有けるにや。仁徳天皇の御妹を后にそなへ給ふといふは、御妹を尊で皇后の尊号を授たまふまでなるを、記すものゝあしく心得て夫婦となり給ふやうに書たるはあやまりなり。御子なきにてしるべし。此誤を伝へ給ひ、敏達天皇も御妹を皇后にそなへ給て、御子も生給ふと或人のかたりし、さるあるべき事とぞ覚侍る。かやうの事はいくらと心なくあるべけれど、人のきかんもはゞかりあればもらし侍る。


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