吉田神道と垂加神道①

山崎闇斎は、神籬磐境の伝を吉川惟足から伝えられた。
しかし、惟足の伝に潜む問題点を看過しなかった。惟足の子従長が整理した『四重奥秘神籬磐境口授』(『神籬磐境口訣』)には、「君道ハ日ノ徳ヲ以テ心トス、日ノ徳ヲウシナフ時ハ、天命ニ違ヘリ、天命ニ違フ時ハ、其位ニ立ガタシ」と書かれていたのである。

これはまさに易姓革命に通ずる思想であり、『拘幽操』の精神に適うものではない。ここで闇斎が立ち止まり、「神籬は皇統守護の大道、磐境は堅固不壊の心法」との立場を固めたことは、歴史的な意味を持っている。近藤啓吾先生は、闇斎が惟足の限界を超えて、わが国の道義の本源への考究を進めたことに「闇斎の学問の面目があり、垂加神道の本義がある」と書いている。


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