特振法には、いくつかの壁があった。その一つが、独占禁止法である。佐橋は、次のように書いている。
「日本の独禁法はカルテルを原則的に禁止し、不況カルテルと狹い範囲の合理化カルテルの二つだけが例外的に認められている。企業集中、専門化の実施を容易にするためにはいろいろの型のカルテルの結成が必要である。公取当局も最終法的には特振法的な考え方に同調し、企業に国際競争力をつけることの必要性は認めたが、特振法の考えている各種カルテルは現行独禁法の合理化カルテルで設立可能であるという主張を展開した。
カルテルは競争の実質的制限になるから悪であるという考えで業界の話合い、申合せに目を光らせている公取当局が、特振法目的達成のために必要と考えられる各種カルテルを現行独禁法で許容できるという主張をするに至っては、いささか驚異である。公取当局は特振法で主要な産業にカルテル行為が認められると、独禁法は大きなお客を失うことになる。つまり特振法指定産業は取り締れなくなる。彼らはなりふりかまわず、日ごろの主張もどこへやらで、逆にカルテル論者になった感があった。
しかしもし特振法が彼らの主張を認めてカルテル条項を削除して成立させたら、君子豹変するおそれを心配した。恣意的な拡張解釈は縮小解釈にも通ずるからである。
通産省と公正取引委員会は独禁法の合理化カルテル条文で特振法カルテルは、認められない、認めうる、という並行線をたどった。通産省の主張を公取委員会がするのが常識であるが、この場合はまったく逆な立場になったのである。この論争に終止符をうつために、総理大臣決裁にもちこむことにした。池田総理と関係大臣を前にして、佐藤公取委員長と僕の意見開陳を行なった。
僕のいわんとしたのは、独禁法がカルテルの原則禁止を建前とする以上、例外規定は厳格に読むべきものでなんでも認めうるような拡張解釈はおかしい、現に機械工業振興臨時措置法以下独禁法の例外規定を設けている実情に徴しても明瞭である。総理裁定は法制局が特振法カルテルを純法律的に解釈して独禁法上認めうるもの、認めえないものに区分して、後者を特振法に規定することにしてけりがついた。こういうのを鶴の一声というのだろう」