十二年前に起こったことが再び繰り返されようとしている。
当時、マレーシアをはじめとするASEAN諸国は、「ASEAN+3(日中韓)」の枠組みの会議開催に意欲を見せていたが、日本政府は、日本が参加の意志を見せなければ、この構想は実現しないと高をくくっていた。ところが、ASEAN側は、日本が不参加ならば、中国、韓国だけで「ASEAN+2」会談を開催するとの意志を固めたのである。マハティール首相のEAEC(東アジア経済会議)構想を支持する言論活動を続けてきた古川栄一は、次のように書き残している。
「日本はEAECに参加しないから、EAECは自然死すると豪語した。アセアン側は、そこで日本抜きで、しかも中国(および韓国)の参加のみでEAECの首脳会議を開催することにした。そうして日本の池田外相は、跳び上がるようにして驚いて、日本は首脳会議に参加した」(古川栄一「アジアの平和をどう築きあげるか」(歴史教育者協議会編『歴史教育・社会科教育年報〈平成十三年版〉二一世紀の課題と歴史教育』三省堂、平成十三年)二十四頁)。
こうして、一九九七年十二月、初のASEAN+3首脳会議がクアラルンプールで開催されたのである。以降、ASEAN+3の枠組みによる会議が積み重ねられていく。
ASEAN+3とは別に、これにインド、オーストラリア、ニュージーランドの三カ国を加えたASEAN+6(東アジアサミット)の枠組みもあるが、文明史的役割を演じうるのはASEAN+3だし、将来の東アジア共同体創設で主要な役割を果たすのもASEAN+3である。
八月末には、「東アジア・シンクタンク・ネットワーク」の第七回年次総会がソウルで開催された。この会議に参加した、東アジア共同体評議会副議長の進藤榮一氏は、「東アジア共同体構築の基礎は、ASEAN+3なのか、あるいは+6かという議論が続いてきたが、ここにきて前者が主流になりつつあると感じた」と語っている。
好むと好まざるとにかかわらず、東アジア共同体は「ASEAN+3」主導で進展していく。中国の影響力拡大を警戒してASEAN+3に背を向ければ、日本をはずしたASEAN+2で事態は進行していくのである。十二年前の教訓に学ぶべきである。
ASEAN+日中の進展は、ASEANに対する日本の影響力をさらに低下させ、さらなる中国の影響力拡大をもたらすだろう。
ただし、アジア統合が目指すべきものは、単なる貿易自由化促進ではない。そこには、アジア諸民族が文明の発展に貢献するという文明史的意義を伴わなければならない。アジアのアイデンティティが重要になる所以である。
二〇〇九年十月七日にマハティール元首相が「オーストラリアとニュージーランドは除外するべきだ。欧州人の国で政策も欧州諸国と同じ。心はアジアにない。含めれば、アメリカ主導のアジア太平洋経済協力会議(APEC)と同じになる」と述べた意味も、文明史的観点から理解すべきである。
この文明史的課題をすっかり忘却してしまったのが、かつてこの課題に挑戦した我が国である。
我々が国際社会における使命を忘却してきたにもかかわらず、かつての我が国の先駆的な挑戦を引き継ぐかのように、東アジア諸国がこの課題を意識し続けてきたことを決して見逃してはならない。
二〇〇二年十一月のASEAN+3に提出された東アジア・スタディ・グループ最終報告書は「東アジアの強いアイデンティティと東アジア人としての意識を促進するために、文化・教育関連組織と共同作業をすること」を提言した。これを受けて二〇〇五年十二月十二日に開催されたASEAN+3首脳会議でまとめられたクアラルンプール宣言は、「われわれは、『われわれ』意識の形成を目指した人と人の交流を強化する」と謳ったのである。
我が国は、いまこそ国体に基づいた使命を意識しなければならない。物質至上主義、競争至上主義といった西洋近代の価値観に基づいた国際秩序の変革し、文明の流れを変えていくという使命である。興亜の先覚、荒尾精は『対清弁妄』(明治二十八年三月)で「天成自然の皇道を以て虎呑狼食の蛮風を攘ひ、仁義忠孝の倫理を以て射利貪欲の邪念を正し、苟くも天日の照らす所、復た寸土一民の 皇沢に浴せざる者なきに至らしむるは、豈に我皇国の天職に非ずや。豈に我君我民の 祖宗列聖に対する本務に非ずや」と指摘した。また、皇道思想家の今泉定助は、「八紘為宇の使命が天孫降臨以来の我が国の天職だ」と明言した。
この天職を果たす最初の段階が、アジアの道義的統一にほかならない。
これ以上我が国が対米配慮を続け、アジアの期待に応えようとしなければ、ASEAN諸国は失望を深め、ASEANは日本抜きの東アジア共同体を決意するだろう。しかも、アメリカは対日配慮なく米中関係強化に突き進んでいる。
いまこそ、我が国は対米自立に踏み出し、主体的な外交姿勢を固めなければならない。そのためには、アメリカへの依存から脱した自主防衛を急がなければならない。その上で、我々は、中国の民主化促進、覇権主義阻止のための努力とアジアのアイデンティティを確立する努力を同時に進めなければならない。私たちは、天孫降臨以来の「天職」に覚醒し、興亜の理想をアジア諸国に語り直し、中国の覇権主義を戒める道義的力を発揮としていくべきではなかろうか。
(二〇〇九年十一月六日)