天誅組総裁・藤本鉄石と黒住教、そして崎門

 吉村寅太郎、松本奎堂とともに天誅組総裁として維新の魁となった藤本鉄石は、黒住宗忠が開いた黒住教の影響を受けていた。天保十一年、鉄石は二十五歳のときに脱藩して、全国行脚の途についた。延原大川の『黒門勤皇家列伝』には、「この天保年間は、宗忠の説いた大道が備前の国を風靡した頃で、鉄石も早くより宗忠の教説人格に接触して、大いに勤皇精神を鼓舞されたものと思われる」と書かれている。
 さらに同書は「彼は常に自筆の天照大御神の御神號並に、宗忠七ヵ条の大訓を書して肌守となし、或は、宗忠大明神の神號を大書して人に与えし…」とある。宗忠七ヵ条とは、
「日々家内心得の事
 一、神国の人に生まれ常に信心なき事
 一、腹を立て物を苦にする事
 一、己が慢心にて人を見下す事
 一、人の悪を見て己れに悪心をます事
 一、無病の時家業おこたりの事
 一、誠の道に入りながら心に誠なき事
 一、日々有り難き事を取り外す事
   右の条々常に忘るべからず恐るべし 恐るべし
   立ち向こう人の心は鏡なり己が姿を移してやみん」
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不都合な政治家を抹殺するために、がん兵器が使用されているのか?

 アメリカは、不都合な政治家を抹殺するために、がん兵器を使用しているのか。原田武夫氏が「インテリジェンスから見た、がん秘密兵器説」と題して書いている(『東洋経済オンライン』2013年12月16日)。
 そこで引かれているのが、イギリス系『ガーディアン』紙(2012年2月27日)に掲載された「Cancer the secret weapon?(がんは秘密兵器か?)」である。

●中南米ではここに来て余りにも多くの指導者たちが「がん」に罹患し、多くの場合、命まで落としている。これはあまりにも不自然である。
―ネストル=キルチュネル・アルゼンチン大統領(結腸がん)
―ジルマ=ルセフ・ブラジル大統領(リンパ腫がん)
―ルイズ=イナチオ=ルラ=ダ=シルヴァ・ブラジル大統領(喉頭がん)
―フィデル=カストロ・キューバ国家評議会議長(胃がん)
―エヴォ=モラレス・ボリヴィア大統領(鼻がん)
―フェルナンド=ルゴ・パラグアイ大統領(リンパ腫がん)
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ローマ法王にも否定された新自由主義者たちの屁理屈「トリクルダウン理論」

 大企業の横暴を擁護するときの新自由主義者たちの屁理屈が「トリクルダウン(trickle-down)理論」。富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透(トリクルダウン)するのだと言う。しかし実際にはそんなことは起こらない。
 ローマ法王フランシスコが2013年11月に発表した初の「使徒的勧告」も、「トリクルダウン理論は立証されておらず、経済的に大きな力を持つ者の善に対するあまりに単純な期待だ」と述べている。

黒住教関連文献


雑誌

著者 タイトル 雑誌名 巻・号 ページ 出版時期
中村 聡 初期黒住教と国学者をめぐっての一試論 國學院大學研究開発推進センター研究紀要 2 145-170 2008-03
杉島 威一郎 黒住宗忠の「道」と「黒住教」 芦屋大学論叢 44 112-95 2006-11-17
近藤啓吾 黒住宗忠翁と垂加神道 神道史研究 54(2) 148-159 2006-10
中村眞人 近代日本の形成と民衆宗教 : 教派神道「黒住教」の事例から 東京女子大学比較文化研究所紀要 67 1-15 2006
井ヶ田良治 近世後期における民衆宗教の伝播 : 丹後田辺牧野家領の黒住教 社会科学 76 31-52 2006 Continue reading “黒住教関連文献” »

垂加神道と黒住教

 いまこそ、伊勢神道、垂加神道の視点から黒住教の真髄を考察するときだと考える。それは、近藤啓吾先生が『神道史研究』(平成18年10月)に発表した「黒住宗忠翁と垂加神道」冒頭で、以下のように書いているからにほかならない。
 〈私はかねて黒住宗忠翁が門下に示された和歌や書簡に、「正直」といひ「日の神の御道」といひ「我が本心は天照大神の分身」であるといつて、かの山崎闇斎先生垂加神道によつて継承された古き伊勢神道の信仰が、脈々波打つてゐることを感取し、しかも翁のこの信仰がいづこより伝はり来りしかを考へてつひにその資を求め得ず、歎息すること久しかつた。 Continue reading “垂加神道と黒住教” »

グローバル企業の利益のために、法律もアメリカ化していくのか!


 『司法占領』で、わが国司法主権の喪失を指摘した鈴木仁志氏は、『民法改正の真実─自壊する日本の法と社会』(講談社)において、民法改正によって次のような事態に陥ると警告する。
 「日本企業は、予測可能性の欠如を補うため、改正法のモデルである英米法の判例や国際モデル法の実例を調査して援用することも検討せざるをえなくなろう(そうなれば、わが国のビジネスは、いよいよ米国等の外資系企業の側に有利な土俵の上で勝負せざるをえないこととなる)」

「忠恕」とは何か

 
「忠恕」とは何か。
「忠」とは自分の気持ちや心を尽くす「まごころ」。
「恕」とは自分の心を他者に推して「思いやる」こと。

孔子の弟子の曾子の言葉に、
 「夫子(孔子)の道は『忠恕』のみ」とある(『論語』里仁篇)。

中国三国時代の魏の学者、王弼は、
 「忠は、情の尽なり。恕は情に反りて以って物を同じうするものなり」と注釈している。
 「忠」は自分の気持ち(情)を尽くすことであり、「恕」は自分の気持ちを振り返り、物(他者)の気持ちを自分の気持ちと同一視することだと説明している。

そして、朱子の『論語集注』には
 「己を尽くすをこれ忠と謂い、己を推すをこれ恕と謂う」とある。