『中朝事実』の評価①

昭和八年に文部省社会教育局が「日本思想叢書第八編」として刊行した『中朝事実』の解題には、次のように書かれている。  「…儒学の主張する名分や祭祀の義は我が国に於て完全に実現されてゐる。国典と儒学とを並び究むれば此の事が分明して、我が国を以て世界無比の国体となし、天皇の尊厳なるを覚るのである。先生(素行=引用者)は徳川初期に生れ、国学尚ほ未だ勃興せす、水戸学尚ほ未だ興起せざる以前、我が国体の美を称揚し、我が国を中華中国といつた識見の高邁には驚くではないか。是れ先生が大に我が国民道徳に貢献した所以である」(同書二十二頁)

一方、河野省三は昭和十二年に著した『近世の国体論』において、素行を以下のように高く評価している。  「素行の日本的自覚の過程は其の著『配所残筆』や『謫居随筆』によつて興味深く叙述されてある、其の国家的自覚の源泉は、主として国史研究の態度と精神とに在つたと思はれる」「素行が中朝といひ中華と称するのは、即ち皇国日本のことであつて、元禄前後に於ける支那崇拝の学者たちが、盲目的に漢土を貴んで中華乃至中朝と呼んだ暗昧の態度を尻目にかけたもので、闇斎門下の浅見絅斎が特に『中国弁』一篇を草して我が国性の尊厳を高唱したことも亦、此の精神である」(『近世の国体論』九~十一頁)

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