【書評】アジア復権の希望 マハティール 坪内隆彦著『産経新聞』1994年12月18日付朝刊、10ページ

 マハティールはとにかく話題づくりの人である。最近のAPECをめぐる米国とのやりとりやEAEC(東アジア経済会議)の強硬な主張は、かつてのスカルノやナセルを彷彿とさせる。明らかな違いはアジア、特に東アジア地域が当時とは比べものにならない経済的実力とダイナミズムをもってしまったことだろう。マハティールは、この変貎するアジアの躍動を背景に、西欧の覇権や論理をだまって受容することを拒否し、価値観や文明理解においても、独自の軸を打ち立てようと確信と執念に満ちている。
 この本はマハティールのこういった側面を際だたせつつ、その生い立ちや政治活動を縦糸に、現代のマレーシアの抱える経済・社会問題、特に人種間のバランスや緊張関係の中で近代工業国家を築き上げようとするマレーシアの政治・経済発展の戦略、アジアの主張を浮き彫りにしようとしたものといえる。
 第一章がアジア的価値観についてマハティールの考え方の敷衍(ふえん)、第二章が「マレージレンマ」を生み出した生い立ちと思想、第三章では二十一世紀のマレーシアにおける国づくりの戦略を示した「ビジョン二〇二〇」が紹介され、第四章以下、EAEC、マハティールを取り巻くブレーンと組織、日本へのメッセージ、最終章では二十一世紀のアジア主義の行方について、と興味ある論述からなっている。
 これらによって、マハティールが単なる啓蒙家や戦略政治家でなく、確信に満ちた思想家、同時に冷徹なオルガナイザーであったことが明白になる。また、EAECやルック・イーストにしても、単なる思いつきでなく、深い洞察に基づくアジアの開発戦略によっていることがわかるのである。日本としても、氏の唱えるメッセージにどう応えるかの責務が問われているといえるだろう。筆者の日本の政治のありようやアジア外交に対するいらだちが、アジア的価値観を現代に覚醒させようとするマハティールへの共感とともに直(じか)に伝わってくるようである。
 (亜紀書房・一九〇〇円)
 アジア経済研究所主任調査研究員 井草邦雄

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