西本省三「礼教の国」より(『支那思想と現代』)

滅亡を救った礼教
〈支那が夷狄から亡ぼされても、兎も角世道を維持し得て来たことは決して忘るゝ事は出来ぬ、若し支那に礼教がなかつたなら、支那は滅種の禍を見たかも知れない。滅種の禍を免れたのは、全く礼教の御蔭だとせねばならぬ〉
〈夫れ世界は物質文明大に発達し、諸般の事業愈盛んなるに連れ、貧富の懸隔愈甚しく、今回の欧州戦争の禍患は前古未曾有で、今日の過激派や労働問題の害は早や頂点に達して居る、而して通貨が膨張して物価が騰貴し、人民は生活難に苦んで居る、今日民の此難を救ふに何の法かある。所謂経済学者や所謂財政通の頭ではトテモ想起せらるゝものでなから〉

大道において日本と一致する支那

〈皇祖皇宗国を建つること宏遠に、徳を樹つること深厚なる君民合一の道徳的政体の下に立つ吾人は大道に於て吾国と一致せる支那が其最も大切なる礼教の国の名を顧みずして、徒らに欧米権利の国を真似んとして止まないのを深く遺憾とせざるを得ない〉
(大正9年2月9日)

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