ベトナムの志士

 「もう一人のラストエンペラー」(森達也氏)とも呼ばれる、ベトナムの志士クォン・デ(『アジア英雄伝』参照)は、祖国独立の日を目前にしながら、1951年4月6日東京・神田の病院でその生涯を閉じた。クォン・デは盟友ファン・ボイ・チャウらとともに日本の興亜陣営と結び、フランス支配に抵抗したが、日仏協商を締結していた日本政府は、フランス政府に配慮せざるを得ず、ベトナムの志士たちを国外に追放しようとした。1908年5月2日には、ゲアン県出身の青年チャン・ドンフー(陳東風)が、「僕は日本を離れない。心から愛し、希望をつないできた日本に裏切られたベトナム人の幻滅がどんなものかそれをみせてやりたい」と、小石川の東峰寺で首をつって自らの命を絶った(『産経新聞』平成9年11月25日付朝刊)。
クォン・デの命日に当たる平成23年4月6日、(社)日本アジア会議代表理事の廣瀬義道さんらとともに、チャン・ドンフーが眠る雑司ケ谷霊園に墓参し、ベトナム志士たちの願いを改めて思い起こした。

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