大川周明とイスラーム

大川周明が古今東西の宗教思想から大きな影響を受けていたことについては、すでに書いた。彼が重視したものは、一言でいえば「天人合一」的、「万物一体」的な観念であったろう。
つまり、天を中心にあらゆるものが相互に切り放されず結び付いているという思想である。それは、天の意志、宇宙の意志によって、万事がとりおこなわれるべきだという思想に展開する。例えば、道徳と正義が尊重されるような社会の建設という思想に発展するのだ。 
大川は天人合一の理想を現実社会の秩序に適応しようと試みたのである。だからこそ、現実の生活にまで大きな影響を持ちうる儒教とイスラームに大川は特別な意義を見出しのではなかろうか。
当時、ケマル・パシャの活躍に象徴されるように、停滞していたイスラームが再び活力持ちはじめていたことも大川のイスラームへの関心をかきたてた。大正11年(1922年)年には、内藤智秀が「汎イスラミズムの将来」を、大久保幸次が「トルコの復興と回々教徒の復興」を発表したこともあり、大川はなおさら刺戟を受けたに違いない。この年、大川は「回教徒の政治的将来」を『改造』に発表している。
こうして、大川は当時まだ日本で十分に知られていなかったイスラームの研究に突き進んでいったのである。1942年8月には名著『回教概論』を刊行している。
これまで、大川のイスラーム研究に関しては、この『回教概論』を「イスラーム研究の最高水準」と認めた竹内好による研究を除きあまり論じられてこなかった。ただ、ここにきて、山内昌之「イスラムの本質を衝く大川周明」『国際関係学がわかる』(AERA Mook5、1994年)、大塚健洋「復興亜細亜の戦士、大川周明」『国際交流』(1996年4月号)、鈴木則夫『日本人にとってイスラームとは何か』(筑摩書房、1998年)などで、ようやく大川のイスラーム研究の意義が語られはじめている。
大川が日本のイスラーム研究の基礎を築く上で最も大きな役割を果たしたことは歴史の事実といっても過言ではない。というのも、後に世界的評価を勝ち取った井筒俊彦のイスラーム研究にしろ、大川が環境を整えなければ到達できなかったかもしれないからである。
特に、大川が満鉄東亜経済調査局で収集したイスラーム文献は、相当なものであった。井筒は、これらの文献を自由に利用することによって研究の基礎を築いたともいう。
前嶋信次は、ある座談会で次のように語っている。「あの方(大川)は、東大文学部の学生だったころ、印度哲学を研究していましたが、そのうちイスラームに興味をもちはじめて、いつも大学の図書館に行って英訳のクラーンを読んでいたんです。またあの方は鼻の高い人なもんで、当時ある人が歌によみまして、『図書館で、クラーンを読んでる鼻高男は……』なんていう句があるくらいなんです。そして年をとってから、ヨーロッパ人がアジアに来てアジア人をずいぶんいじめたといった内容の博士論文を書いたんですがね。その時にイスラーム教徒の覚醒が重要な役割を演じているのを感じ、もっともっとイスラームを研究しなくてはいけないというように考えられたらしいのです。それで井筒氏も私も皆、あの方の集めた文献などを利用させてもらいました」(『アッサラーム』NO5(1)一九七六年六月五日)。
いずれにせよ、大川らの努力があってこそ、日本のイスラーム研究は進展した。
ところが終戦後、大川が収集した東亜経済調査局の蔵書はアメリカ占領軍によって全て持ち去られてしまったのである。しかも、井筒や前嶋らごく少数の学者を除いて、イスラーム研究者たちはイスラーム研究を放棄してしまったのである(『日本人にとってイスラームとは何か』)。
こうした中で、大川自身は戦後もイスラーム研究を続行した。彼は、アメリカによる日本とイスラームの分断と闘っているという意識を持っていたのかもしれない。
記録映画『東京裁判』のシーンでも知られるが、大川は東京裁判被告席で東条英機の頭を叩くなど、異様な言動を繰り返していた。彼が本当に精神障害だったかどうかについては諸説あるが、いずれにせよ彼は松沢病院に二年半入院していた。このとき彼は、『コーラン』の翻訳に没頭していたのである。1949年末についに翻訳は完了、翌1950年岩崎書店から『古蘭』として出版された。これはアラビア語原典からの翻訳ではないが、英語だけでなく、ドイツ語、フランス語、中国語など10種あまりの翻訳を参照した貴重な日本語訳とされる。その後の日本における『コーラン』翻訳の起爆剤ともなっている。
また、大川には「回教に於ける神秘主義」という未完の原稿もあることが明らかになっている。
大川のイスラーム研究の問題はいまや、イスラーム世界からも注目されている。例えば、国際日本文化研究センター客員助教授をつとめるアハマド・ムハマド・ファトヒ・モスタファ氏は、1998年に大川についてアラビア語の書籍を著わしている(エジプトのアルアハラム新聞出版社から非売品として刊行)。
大川のイスラーム研究については、まだ知られざる事実があるに違いない。

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