皇道政治の理想を冒涜する不況下の増税強行

 不況下の消費増税強行について、国体の観点から考えてみたいと思います。
 亀井静香氏は、「経済が土砂降り、傘も差せずに明日なき生活をしている人がいる。そこに税金を取るぞと。こんな無情な政治が日本の開闢以来あったか」と発言しています。まさに、亀井氏の言う通りです。このような経済状況で増税を強行することは、皇道政治、天皇政治の理想に対する冒瀆にほかなりません。日本人が理想としてきた皇道政治は、例えば第十六代仁徳天皇(在位:313~399年)の「民の竈」の逸話に明確に示されています。
 〈四年春二月六日、群臣に詔して、「高殿(たかどの)に登って遥かにながめると、人家の煙があたりに見られない。これは人民たちが貧しくて、炊(かし)ぐ人がないのだろう。昔、聖王の御世には、人民は君の徳をたたえる声をあげ、家々では平和を喜ぶ歌声があったという。いま自分が政について三年たったが、ほめたたえる声も起こらず、炊煙はまばらになっている。これは五穀実らず百姓が窮乏しているのである。都の内ですらこの様子だから、都の外の遠い国ではどんなであろうか」といわれた。
 三月二十一日、詔して「今後三年間すべて課税をやめ、人民の苦しみを柔げよう」といわれた。この日から御衣や履物は破れるまで使用され、御食物は腐らなければ捨てられず、心をそぎへらし志をつつまやかにして、民の負担を減らされた。宮殿の垣はこわれても作らず、屋根の茅はくずれても葺(ふ)かず、雨風が漏れて御衣を濡らしたり、星影が室内から見られる程であった。この後天候も穏やかに、五穀豊穣が続き、三年の間に人民は潤ってきて、徳をほめる声も起こり、炊煙も賑やかになってきた。
 七年夏四月一日、天皇が高殿に登って一望されると、人家の煙は盛んに上っていた。皇后に語られ、「自分はもう富んできた。これなら心配はない」といわれた。皇后が「なんで富んできたといえるのでしょう」といわれると、「人家の煙が国に満ちている。人民が富んでいるからと思われる」と。皇后はまた「宮の垣が崩れて修理もできず、殿舎は破れ御衣が濡れる有様で、なんで富んでいるといえるのでしょう」と。天皇がいわれる。「天が人君を立てるのは、人民の為である。だから人民が根本である。それで古の聖王は、一人でも人民に飢えや寒さに苦しむ者があれば、自分を責められた。人民が貧しいのは自分が貧しいのと同じである。人民が富んだならば自分が富んだことになる。人民が富んでいるのに、人君が貧しいということはないのである」と。〉(『日本書紀』宇治谷孟訳)

 消費増税法案に賛成した政治家たちは、仁徳天皇の御心に象徴される皇道政治をどう考えているのでしょうか。

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