「神と人間の交霊」としてのアジア舞踊

一口にアジアの舞踊といっても、極めて多様である。ジャワやバリのみならず、それぞれの地域で伝統的舞踊は様々な形で発展を遂げてきた。それでも、東南アジア、アジアの舞踊には、一つの重要な特徴が見られる。それは、神と人との交感の手段という側面にほかならない。
東南アジア史の権威アンソニー・リード氏は、「インドの影響がなかった地域でも舞踏は精霊や神々と交信し祭への参加を誘う手段であった。…ジャワの人間が王の前に出る場合またはそこを退出する場合、ブギス人が誓いを立てる場合、戦争が布告される場合、アモク(amok)をかける場合などには踊りが伴った。これらから見れば、舞踏はおそらく感情を高め、エネルギーを集中し、日ごろ劇場で表現されているような神々や精霊の力を身につける手段と見なされていたと考えられる」と指摘している(Anthony Reid著、平野秀秋・田中優子訳『大航海時代の東南アジア〈1〉貿易風の下で』法政大学出版局、平成14年、273頁)。
戦前、アジア舞踊に対する日本の関心が高まっていた時代に、盧原英了はアジアの舞踊の特徴を西洋舞踊と対比して、特徴づけていた。盧原によれば、西洋の舞踊、特にバレイは、「パ」(Pas)とポーズから成り立つ。
パとは、一つの足から他の足へと体の重量が転移することを含んだ動き、またはその複合のことである。西洋舞踊を修得する際には、パとポーズを一つずつ学んでいけばいいということになる。これに対してアジアの舞踊は、パとポーズに分解しては分析できない。アジアの舞踊を修得する際には、一つの踊りを初めから終わりまで通して学ぶ必要がある。
盧原は西洋舞踊の動きがパであるのに対して、アジアの舞踊の動きき「ジェスト」(geste、手真似、仕草)であるとしている。つまり、西洋舞踊のパは独立して意味をなさない仮名のようなものであり、アジアの舞踊は一つ一つに意味を持つ漢字のようなものである。
ここから盧原は、踊り手と観衆との間の約束に注目した。西洋舞踊では観衆との間に約束は存在しないが、アジアの舞踊においては、観衆との間に黙契があるという。例えば、タイ舞踊やカンボジア舞踊では、手指で涙を拭う形をすると苦悩を表す。その苦悩がさらに激しい場合には、頭を前方へ曲げて手を額の上にあげ、右から左へ音楽に合わせて上半身を揺り動かす。これが嗚咽に身を打ち震わせていることを表現する。したがって、アジアの舞踊を観賞するためには、約束をよく知っている必要がある。
また、盧原は西洋の舞踊とアジアの舞踊の動きの方向について、次のように書いている。
「東洋舞踊の動きは集中的である。膝は合わされ、曲げられる。腕は内側に曲がり乍ら体を抱く。凡てが中心に寄り集まる。然るに西洋舞踊の動きはそれと正反対である。腕を張り出し乍ら、腕や足は体から引き離される様に伸ばされる。凡てのもの、体も魂も外に拡がる。外へと開く。その反対に東洋の踊り手にあつては、体や魂は肉の神秘のうちに閉ぢこもつている」(盧原英了「亜細亜舞踊の性格」『新亜細亜』1940年2月号、大空社『アジア学叢書 70 東亜の舞踊』所収)。
西洋舞踊との対比による、以上のようなアジアの舞踊の特徴は、いったい何に起因するのであろうか。アジア舞踊を一括りにして、結論づけることは難しい。それでも、アジアの舞踊の重要な特徴は、神との交感に集約することができるだろう。
宮尾慈良氏は、アジアにおいては、舞踊はもともと村人に見せるという娯楽よりも、身体による動作と精神による心性をもって、村人の願いや希求を神々や精霊に聞いてもらい、いま起きている日常生活のアンバランスな状態を、正常に取り戻どそうとするために演じることが多いと指摘している。そして宮尾氏は次のように述べている。
「反自然的で、反日常的な状態になったときに、舞踊はそうした状態を正常にするために必要な物質世界と精神世界の媒体であるといえる。こうした目に見えない神々と人間が交霊する舞踊を演じることで、俗なる世界は聖なる時空間へと変化するのである」(宮尾慈良「アジア舞踊の研究」『東亜の舞踊』26頁)。

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