井筒俊彦の精神的東洋

天心の着想と共時的構造化の試み

1982年、井筒俊彦は『意識と本質―精神的東洋を索めて』の後記において、次のように書いた。
「東洋哲学─その根は深く、歴史は長く、それの地域的拡がりは大きい。様々な民族の様々な思想、あるいは思想可能体、が入り組み入り乱れて、そこにある。西暦紀元前はるか遡る長い歴史。わずか数世紀の短い歴史。現代にまで生命を保って活動し続けているもの。既に死滅してしまったもの。このような状態にある多くの思想潮流を、『東洋哲学』の名に値する有機的統一体にまで纏め上げ、さらにそれを、世界の現在的状況のなかで、過去志向的でなく未来志向的に、哲学的思惟の創造的原点となり得るような形に展開させるためには、そこに何らかの、西洋哲学の場合には必要のない、人為的、理論的操作を加えることが必要になってくる。
そのような理論的、知的操作の、少くとも一つの可能な形態として、私は共時的構造化ということを考えてみた」(410~411頁)
井筒は、イスラームを経由したギリシアをも組み込んだ東洋哲学の構築を目指していたのである。東洋哲学の特徴を「認識主体としての意識を表層意識だけの一重構造としないで、深層に向って幾重にも延びる多層構造とし、深層意識のそれらの諸層を体験的に拓きながら、段階ごとに移り変っていく存在風景を迫っていくというところにある」としていた(316頁)。ちなみに、井筒がこう書いたおよそ80年前、イスラーム思想までも視野におきつつ、アジア共通の価値観を模索していた岡倉天心は、後に『東洋の目覚め』として刊行される英文原稿において、次のように書いていた。
「われわれの古代の交通は、おなじような諸地域とおなじ仕事の同時的発展によって必然的につくりあげられた統一を、さらに融合させた。『ヴェーダ』の哲学は、仏教を通して、インド、中国、日本、シャム、ビルマをその高遠な理想主義によって一つにむすびつけ、もともと親戚の関係にあるスーフィ教派(禁欲・神秘主義的傾向のある回教の一宗派)を通して、全ジャムブドビバ(インドをさすサンスクリットの詩語)を、同種の思想からなる単一の織物に織りあげた」(「東洋の目覚め」色川大吉編『日本の名著 39 岡倉天心・志賀重昴』中央公論社、1970年)。
天心によって着想され、大川周明らによって受け継がれてきたアジアの思想的統一というテーマは、やがて井筒に受け継がれた。
井筒自身、イランまで含めたアジアを「単一なる複合の生命を息づいている有機的統一体」と見た「天心の雄志」に敬意を払う一方で、「東洋」の哲学には有機的とまで言い切れるほどの統一性はちょっと見当たらないと書いた。だが、井筒は、「有機的統一性とまでいえないにしても、少なくとも全体を貫通する何本かの基本的構造線を引くことができるのではない」と述べ、さらにそれが可能ならば、有機的構造を持った新しい東洋哲学を作り出すことも可能になってくると書いた(井筒俊彦『イスラーム哲学の原像』岩波書店、1980年、135~136頁)。
いずれにせよ、井筒の試みは、日本国内だけでなく、イランをはじめ世界の哲学者たちによって継承されている。2007年3月に、早稲田大などでの講演のため来日したイラン哲学研究所長のゴラームレザー・アーワーニー氏の思想にもそれは顕著に示されている。彼は、1970年代に井筒から6年間に亘って指導を受けていたのである。
『毎日新聞』によると、「イランも日本と同じ東洋の国です」と語るアーワーニー氏は、「多神教は一神教の神が枝分かれしたものとも言える。それに、禅は修行で人間完成を目指すイスラム哲学『イルファーン』と似ている」と力を込めた(『毎日新聞』2007年3月20日付朝刊。

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