『興亜運動と頭山満翁』

 『興亜運動と頭山満翁』は、興亜陣営の活動家、鈴木善一が、昭和17年に頭山の米寿を祝し、頭山から受けた教訓感銘を綴ったものである。鈴木は、明治36年に茨城県で生まれた。国士舘時代に親交を持ったのが、八幡博堂で、彼とは昭和4年5月に信州国民党を設立している。
序において、鈴木は「藤田東湖、西郷南洲亡きあと、その道統を継いで、国体を護持し国脈を長養せしものは浪人頭山満であり、浪人内田良平ではなかつたか」と書いている。だが、この道統の悲願実現の日は遠いと次のように指摘している。
「頭山、内田両先覚の和気公、楠公以来の道統の数十年に及ぶ死守孤忠は、今にして漸く、微ながらもその頂峰を認められやうとしてゐるが、然も猶、両先覚が心魂に銘じ、夢床にも忘れ得ざる畢世の大悲願たる神政日本の具現興隆、アジア維新、世界一家実現のことは、未だ遥けき彼方に在る」

以下に同書目次を示す。

 尊皇攘夷の徹底(翁、大東亜戦を喜ぶ)
昭和の岩戸開き
日本は人雷で行く
長期戦結構
孫文もガンジーも英国嫌ひ
人柱への何よりの供養
世界戦国時代
支那事変の処理
特別攻撃隊の精神
菅長崎丸船長の自刃
国技相撲を愛す
うつかり祝はれた
俺は大きな赤子
何もかもお仕着せ
酒と煙草はやらぬ
生理的には五十五歳
頭山邸は義塾
どんな客にも見送り
生者より死者が大切
高丘親王と昭南島
高丘親王に関する建議案
高丘親王とはどんな御方か
支那青年に訓ふ
孫総理のこと
蒋介石のこと
中華民国の国号は東京で決定
頭山翁の敬神
印度の独立
血盟団事件
支那と印度が大切
平野国臣の気節
高山彦九郎の誠忠 征韓論前後
前原一誠
頭山翁等の投獄と西南の役
大西郷と頭山翁
大西郷の絶筆、城山の訓令
外人の観た日本教育の欠陥
毀誉褒貶に屈する勿れ
千万人と雖も我れ往かむ
大楠公の忠誠
日日に新たなり
久坂玄瑞
浪人道
頭山翁の金銭哲学
英雄内田良平
頭山翁自作の詩
頭山翁の雄弁
亡命時代の孫文と蒋介石
孫文との最後の会見
孫文の述懐
ロンドン条約と頭山翁
西園寺公、牧野伯に与ふる書
一人で居ても淋しくない男になれ
俺の洋服姿
高島嘉右衛門
井上馨の人種改造論
忠義骨髄を埋む
尊皇絶対
ドイツ人に訓ふ
少数の多数
生命奉還
維新と革命
朝鮮、台湾の同胞へ転向者の問題
頭山翁の紹介状
惜しかつたこと
俺の借金の仕方
俺の偽書
日本は親子主義
日本の女性は世界一
日独伊三国同盟
防諜の徹底
獄中で聞く悲報
八代六郎大将
親友佐々友房
興亜運動の功労者
荒尾 精
有馬藤太
岡本柳之助
山田悌一
長瀬凰輔
森 茂
秋山長次郎
鹽谷慶一郎
真藤義丸
葦津耕次郎
室田義文
処生の三健法
犠牲心
国体明徴
天下取り
山口四郎氏の一篇
山口四郎氏の頭山翁観
頭山立助先生を想ふ
立助先生遺詠

 

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