川面凡児の禊行を体験

古神道の大家、川面凡児の禊行を体験するため、筆者は2010年6月6日早朝、東京都練馬区にある稜威会本部道場を訪れた。
川面が谷中三崎町に「大日本世界教・稜威会」を設立したのは、明治39年春。「信仰を統一し、解釈を統一し、実行を統一し、世道を解頽を救ひ、人身の腐敗を救ひ、以つて個人を統一し、家庭を統一し、国家を統一し、世界宇宙を統一し、各自按分平等の自由幸福平和を獲得せしめん」とその目的を掲げた。本部は大正12年に大久保に移転し、川面没後の昭和17年に現在の練馬区関町へ移った。禊祓道場が新築落成されたのは、平成3年である。武蔵関公園に隣接する敷地は、豊かな自然に恵まれ、修行に相応しい場所だ。
早速白装束に着替え、白鉢巻を締めて教典を準備、先導役の道彦から説明を受ける。水行に先立ち、道彦の先導により、祝詞をあげ、振魂、鳥船、雄健、雄詰、伊吹へと進む。
振魂は、瞑目して「大祓戸大神」と連唱しながら、玉を包むように右手を上にして掌を軽く組み合せ、連続して上下に振り動かす動作である。鳥船とは、神代にあった船のことで、掛け声とともに船を漕ぐ運動をし、心身を鍛練する。川面と交流のあった蓮沼門三が明治39年に設立した社会教育団体「修養団」も、この鳥船運動を採用している。一方、海軍軍人で、慈恵医科大学の創始者として知られる高木兼寛は、川面の禊行に参加し、川面の説くところが医学的に効果のあることを確認、行事を簡素化した「艪漕ぎ運動」を案出している。
雄健は、足を開き、両手を腰に当て、道彦の発声に従って「生魂・足魂・玉留魂」と、一声ごとに気力を充実させながら唱える。言霊と呼吸法により心身と霊魂を浄化統一する所作だ。
続いて、雄詰。左足を斜前に踏み出し、左手は腰に当て、右手の親指、薬指、小指を曲げ、人差し指と中指を伸ばして天之沼矛に見立て、「イーエッ」の気合とともに斜左方に切り下ろす。この動作によって、全身の統一を失わせる禍津毘を制御する。右手を戻す際には、禍津毘を救いあげて、直霊に還元して天に返す。伊吹は、息を吐きながら両手を拡げて差上げ、徐々に手を下げながら、大気を丹田に収めるイメージで息をゆっくり吸い込む。川面は伊吹について、「鼻より空気に通じて宇宙根本大本体神の稜威を吸ひ込み、腹内より全身の細胞内に吸ひ込みて、充満充実」させると書いている(『川面凡児全集 第6巻』261頁)。
ちなみに、川面は「日本神代心肉鍛錬法」において、仙法、道術、座禅などの呼吸法、臍下丹田の集気充足法が身体の健全や精神の安静を目指したものに過ぎないとし、日本神代の伊吹には、人類すべての「吉凶禍福盛衰興廃」を左右するものとして息気を解釈する視点があると強調している。例えば、弱い呼吸の人の周囲には微弱な空気だけが充満し、その人は微弱な身体になってしまうといい、弱い呼吸を戒めている。また、声と気とは本来一体だと説いている。
振魂、鳥船、雄健、雄詰、伊吹を経て、私たちは道彦の先導で屋外に出て水行場に向かった。そして、貯められた井戸水を使って、掛け声とともに、数分間水を浴び続けた。少なくとも心身の穢れが一掃された気分だけは味わうことができた。
川面によれば、全身全霊で浄化、調和、統一、神化という神事を厳修するうちに、やがて鎮魂の妙境に入る。その境地においては、直霊が覚醒し、前世、前々世、と過去へ螺旋的に遡り、創造神である天御中主太神に到達・還元する。また未来へと螺旋的に宇宙の根本本体である天御中主太神に達するという。川面は「主観客観全然一変し、有我無我を超絶したるの霊我、神我として、その和身魂の五魂五官が開き、……顕幽漸く感応道交し、初めて神と念ひ、神と語り、神と行ふことを得るの鳥居を窺ひ得たるものとなします」と書いている。

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