度会延佳『陽復記』テキスト 3 崎門学研究会 輪読用資料

度会延佳の『陽復記』テキスト3。平重道校注(『日本思想体系 39 近世神道論 前期国学』岩波書店、86~117頁)。

『陽復記』上(87~88頁)
かく神道・儒道其旨(むね)一(いつ)なれば、其道によりて修する教のかはる所はあるまじけれども、異国と我国と制度文為はちがひめ有。それをわきまへず、古より我国になき深衣(しんい)*をきる儒者など近比(ちかごろ)はありとなん。此事大なる非義なり。異国にも夷狄の服をきるは重きいましめぞかし。我国は皇孫尊*日向国に天下り給ひ、神武天皇大和国橿原に都を立給ふより、百十一代の今に至り給まで、天照大神の御神孫天子の御位にましませば、御制度をおもんじ、吾国の律令格式等を本として行ふべきとの心はなくして、異国の深衣を着はさもあるまじき事なり。異国に生れたる邵康節(しょうこうせつ)*の、今人不(三)敢服(二)古衣(一)とて、深衣を着られざるあるまじき事也。神国に生れたる人は神代のむかしを思ひ、国法の古をしたふこそ儒道にも本意ならめ。近代儒を学ぶ人のかしらおろすは、仏氏を人の崇敬すれば、かの崇敬を羨たるに似たり。又深衣をきるは国俗にかはり、異服をきて人のめを驚し、崇敬せられんとにや。心に深衣をきて外はさらでもあれよかし。但時代により国法のゆるす事あらばさもあるべし。思ひやるに、かしらおろして深衣きたる姿、仏氏のいふ蝙蝠僧(へんぶくそう)とやらんには猶おとるべきかとあさまし。

*深衣 儒者の衣服。
*皇孫尊 天照大神の孫。天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)
*邵康節(邵雍) 北宋時代の哲学者。主著『皇極経世書』で壮大な宇宙論的歴史観を展開。*蝙蝠僧 破戒僧。

度会延佳『陽復記』テキスト 2 崎門学研究会 輪読用資料

度会延佳の『陽復記』テキスト2。平重道校注(『日本思想体系 39 近世神道論 前期国学』岩波書店、86~117頁)。

『陽復記』上(86~87頁)
此国常立尊より三代は一神づゝ化生(けしょう)じ給のよし、日本記に見え侍る。しかるを此三神は、易乾卦(けんのけ)の奇爻(きこう)を表してかくしるすならんと云人あれど、さにはあらず。我国のむかしより語り伝たる事の、をのづから易にかなふ故に、神書を撰べる人の易と附会したることばあり。日本の神聖の跡、唐の聖人の書に符を合せたる事はいかゞと思ふべけれど、天地自然の道のかの国この国ちがひなき、是ぞ神道なるべき。其後又三代*は二神づゝ化生じ給ふとなり。是を坤卦(こんのけ)の耦爻(ぐうこう)の三画に表ずるならんと云。此理は上にしるしぬ。国常立尊より第七代めにあたりて伊弉諾尊・伊弉冉尊二神出生し給。是を伊弉諾は乾卦三画成就、伊弉冉は坤卦三画成就にて、男女の体も定りぬるならんと云。をのづからかなふ*ところ深意あるものなり。此伊弉諾尊・伊弉冉尊夫婦となりて此国をうみ草木迄もうみ給と云。子細あり。あらはしがたし。其後此国のあるじを生んとて、天照大神を生給ふ。天照大神、御子の吾勝尊を此国にくだしたまはんとおぼしけれど、又其御子皇孫瓊々杵尊生れ給ふにより瓊々杵尊を下し給ひ、それより三代、鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)に至り給ひぬ。此三神は易にをいては、内卦の三画、伊弉諾より吾勝尊まで三代は外卦の三画を表せるならむ。外卦は上、内卦は下なれば、乾の或(あるいは)踊て淵にありといふごとく、吾勝尊の此土にくだらんとしてくだり給はぬこそ、易道に少もちがふ処なけれと云人あり。誠にちがひはあるまじき事なれど、我国の神道に易道は同じと見るこそ忠厚の道ならめ。易道に神道は同じきといふは、いかゞと思ひ侍る。

*三代 埿土煮・沙土煮、大戸之道・大苫邊、面足・惶根の三代の諸神。これは、『日本書紀』に記されている。
*をのづからかなふ 自然に神道の伝えが儒教の易の理に一致すること。

先哲の忠義に支えられた國體

平泉澄先生は、昭和11年に『国史講話』において次のように書いている。
「……歴史ヲ考ヘマス上ニ、決シテ楽観的ニ呑気ニ之ヲ見ルコトハ許サレナイノデアリマス。ヨク「国体之精華。」ト云フコトヲ誇ルノデアリマスガ、其国体之精華ハ先哲ノ血ヲ以テ守り来ツタ所デアリマシテ、決シテ無為ニシテ得タ所デハナイノデアリマス。……我ガ国体ガ斯ノ如ク尊厳デアリマスコトハ、無論、天祖〔アマテラス〕ヲ始メ奉リマシテ、御歴代ノ聖徳ニ帰著スルノデアリマスガ、同時ニ又先哲ガー身ヲ擲ツテ俗学俗論ト闘ヒ、一人ノカデ万牛ヲ挽イテ来ラレタ為ニ、斯ノ如ク尊厳ニ伝ハツテ居ルノデアリマス」
さらに、平泉先生は翌昭和12年に『日本精神の復活』で、次のように述べている。
「我々は日本人である、大和魂は生れなからにして持つて居る、天下の人斯くの如く傲然として豪語するのである。焉んぞ知らん、大和魂のためにはこれ等の卓抜なる先哲〔谷川士清ら〕一生を投じて苦心惨澹されたのであります。心を労することなくして、身を修むることなくして、生れながらにして日本人であり、大和魂は我々自身に持つて居るのである。斯う暢気にいふことは、これは反省しなければならない」