國體の真髄─「皇統無窮、万世一系とは当為の努力である」

 近藤啓吾先生は、崎門学正統派の若林強斎の「皇統ヲ仰ギ崇ブハ勿論ナリ。但シ何時何様ノ変ガ有ラウカト、常々恐怖スルガ今日ノ当務ナリ。日神ノ詔勅ニ違ヒノ有ラウヤウハナケレドモ、清盛モアリ頼朝モアリ、何時将門・純友出ヨウモ知レズ。神代ニ既ニ天稚彦アリ。何時迄モ動キハナキコトト落チツクハ惰ナリ。甚ダ危キ事ナリ」という言葉を引いた上で、次のように述べている。
 「皇統無窮、万世一系とは、本然の事実にあらずして、当為の努力である。言ひかへれば、これは、わが国体の最高の理想目標を示したものに外ならない。たゞこれは、絶ゆることなき努力の継承によつてのみ、現実たらしめ得る。しかもこの当為の努力が、肇国以来一貫せられて来たところに、わが国の道義の本質を見る。観念でなく実践であり、中断なき継承であらねばならぬ。これ乃ち絅斎が、赤心報国の大刀を横へて逢坂山はわが死処なりといひ、強斎が楠公を慕つて望楠軒を設立し、而して成斎が、某、年いたく老けては候へども、今、朝廷に何事も候はゞ、王城の南門は、某一人して警衛候べしと常言した所以である」

「規制改革」の正体─有権者を誘導する「万年野党」

 投票を9日後に控えた平成26年12月5日、新自由主義者の巣窟「万年野党」(理事長:宮内義彦)が興味深い記事を掲載した。「総選挙版 全衆議院議員の三ツ星評価が完成」と題した記事で、以下のように書かれていた。
 「与党議員の中には……改革を進めていかなければいけないと考えている議員たちがいる。こうした事を感じている有権者は、おそらく与党に投票する事になるのだろう。しかし一方で、こうした改革を進めていこうという議員たちの足を引っ張ろうというのは、必ずしも野党だけではない。むしろ、与党の中に、改革に反対する勢力があり、野党以上に足を引っ張るというケースがある。一方で、国会の報道などを見て、与党が進める改革にさえ、なんでも反対するのが野党という印象を持っている人もいるだろう。しかし、野党の中には、与党の改革よりもさらに進んだ改革や、さらに効果的な改革を代案として提案する議員たちもいる。もちろん、野党にはそんな議員ばかりだというわけではない。……政党を選ぶ選挙ではなく、この国の将来のためにも、与党の中でも改革派の議員、野党の中でも改革派の議員をと選んでいくべきではないだろうか」
 「改革」というと聞こえはいいが、新自由主義者の望む改革とは、グローバル企業に奉仕し、日本国民の生活、安全を脅かし、日本の伝統文化や国体を破壊することではないか。
 いまこそ「規制改革」の正体を暴く必要がある。「規制」とは、国民生活、伝統文化、国体を守るための共同体のルールであり、「改革」とは「破壊」なのだと理解すべきである。

マスコミが報じない亀井静香氏の戦い

 二冊の亀井静香本『亀井静香が吠える 痛快言行録(2010年)、『亀井静香―最後の戦いだ。』(2012年)を著した、ジャーナリストの高橋清隆氏が、広島入りし、マスコミが避ける切り口で、連日重要な報道をしている。
 以下、「高橋清隆の文書館」に掲載された記事をまとめて転載させていただく。

★【書評】『晋三よ!国滅ぼしたもうことなかれ~傘張り浪人決起する~』亀井静香(メディア・パル)(2014年12月02日 08:09)
 05年に小泉政権が郵政民営化を打ち出して以来、グローバリズムとたった1人で全面交戦してきた男、亀井静香衆院議員。本書は、従米的政策によって自滅しつつある日本の惨状に我慢できず、「弟のようにかわいがってきた」安倍首相に託す渾身(こんしん)のメッセージである。
 
 文章は非常に砕けている。「ショボイよな」「ひどいもんだよ」「抵抗するぜ!」など、修辞法の軽さが目障りなほどだ。ライターが口述筆記したのだろう。内容は「アベノミクス」をはじめとする安倍氏の政策批判、小泉政権の総括、幼少期から国民新党脱退までの半生記、今後の戦いに向けた提言などからなる。
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頼春水「贈高山彦九郎」

 『月刊日本』の連載「明日のサムライたちへ」。次回(平成27年1月号)より頼山陽の『日本外史』を取り上げる。その2回目では山陽の父春水と高山彦九郎、崎門学との関係についても書く予定だが、春水の「贈高山彦九郎」が吉村岳城『朗吟詩撰 下巻』(日本芸道聯盟、昭和11年)に収められているのを知った。次のような解釈が載せられている。
 〈私はかねてから高山彦九郎といふ人物はよく知つて居る。上州新田の細谷といふところで寸陰を惜しんで読書したこと、畑で鋤鍬を把る間も経書を放さなかつたのも、折あらば山野を跋渉して英気を養つたことも、孝心深くよく仕へたことも、天下を奔走して傑出した人物には千里を遠しとせず往いて訪ね、尊王の大義を説いたこともまた三條大橋に土下座して草莽の臣高山彦九郎と名乗り、泣いて 皇居を拝したことなどみんな識つて居たのだ。それがかうして相逢ふ仲となつて嬉しい。大に飲まう。そして大に志を論じよう。書を読んで読まないは第二の問題だ、根本第一は志だ。志あつてこそ書を読むんだ。志の無い奴が読書した處で何になる、害はあつても益にはならない。志が無くて読書した奴は腐儒にしかならない。志だ。志だ。〉

山本七平『近代の創造』の中の『靖献遺言』

 山本七平は『近代の創造』(PHP研究所、昭和62年)において、渋沢栄一の従兄弟で、その師でもあった尾高藍香のことを論じているが、藍香も手にしたと推測される『靖献遺言』を次のように位置づける。
 〈『靖献遺言』『保建大記』『中興鑑言』が、さらに『大日本史』の通俗版ともいえる『日本外史』『日本政記』が明治維新を招来した「思想教科書」であるとは確かに言える。このうち前の三冊は朱子学の系統の崎門学であり、『中興鑑言』の著者三宅観瀾と『保建大記』の著者栗山潜鋒は水戸彰考館の一員で、共に闇斎・絅斎系すなわち崎門学系の思想家である。そしてこの浅見絅斎こそ山崎闇斎の弟子で尊皇の志士のバイブル『靖献遺言』の著者である。だが、これらの人々の思想は……朱子学系統であり、朱子の正統論を絶対化し、正統を護持するためには殉死も辞せずという強い正統論者であったことは共通している。一方水戸には光圀が招聘した中国からの亡命学者朱舜水がおり、その弟子が安積澹泊で水戸彰考館の総裁、要約すればこの二系統を統合したのが初期の水戸学である。しかし観瀾の後は余りたいした学者も出ず、このころは日本の思想に強い影響力をもっていたわけではない。
 ところが藤田幽谷とその子東湖、さらに会沢正志などが出、斉昭がこの東湖によって水戸藩主となり、東湖を側用人、正志を侍読とすると共に、水戸は「思想的権威」のような様相を呈して来た。……だが会沢正志であれ、藤田東湖であれ、本来の姿は水戸藩の「お抱え学者」であり、藩に従属して禄をもらっている以上、浅見絅斎のような完全に自由な思想家ではあり得ない。彼らは「尊皇攘夷」は声を大にして口にしたが、「藩」そのものの否定はもちろん、幕藩体制否定の「倒幕」さえ明確には口に出来ず、その点、決して「倒幕のアジテーター」とはいえない。……尊皇思想を研究された三上参次博士は「一方に於て是書(『新論』や『常陸帯』)を読み一方に於て『靖献遺言』の所信を実行せば、皇政復古の大業の明治維新の際に於て成功せるも強ち異とするに足らざるべし」と記されている。いわば「発火点」は『靖献遺言』であって、水戸学はそれにそそぐ油のようなもの、そして外圧はこれを煽ぎ立てる風のようなものであって、油と風だけでは何も起らないわけである。
 そして発火点とは……「思想の真髄」いわば、天動説を地動説に変えてしまうような「心的転回」を起したときである。そうなれば『新論』も『常陸帯』も激烈な行動へと燃えあがる油にはなりうる。
 そして多くの人の場合は発火点が『靖献遺言』であった〉