東洋大教授・鎌田耕一氏の暴挙─大御宝を道具化することなかれ

 天皇の大御宝である労働者をまるで使い捨ての道具のように扱うことは、わが國體に適わない。ところが、飽くなき営利追求に走る大企業は労働者を道具として扱おうとしている。その動きを象徴するのが解雇規制の緩和であり、労働者派遣の完全自由化である。
 いま、東洋大教授の鎌田耕一氏を部会長とする「労働力受給制度部会」が、労働者派遣法の大改悪を目指して動いている。労働側の反対で年内の報告書とりまとめを断念したが、鎌田氏は平成26年早々のとりまとめを目指している。
 國體護持の立場から、保守派こそが「大御宝の道具化」反対の先頭に立つべきである。

    財閥富を誇れども 社稷を念ふ心なし

国学と水戸学の関係

 維新の原動力となった国学と水戸学。両者は対立しつつも、相互補完的な関係にあった。この論点に言及した、『月刊日本』平成26年1月号に掲載した「現在も続く直毘霊論争」の一部を紹介する。
 〈本居宣長は、強いて神の道を行おうとすると、かえって「神の御所為」に背くことになると主張していました。『玉勝間』においては、中国の古書はひたすら教誡だけをうるさく言うが、人は教えによって善くなるものではないと書いています。これに対して、水戸学の会沢正志斎は次のように批判しました。
 「仁政の要を知らざれば、人の上たること能はず、臣として君徳を輔佐すること能はず、義を知らざれば、元弘、延元の世の如きにも、去就を誤る類のものあり。礼を知らざれば君に事へ、人に交るに敬簡の宜を得ず、譲を教へざれば争心消せず、孝悌、忠信を教へざれば、父母に事へ、人と交て不情の事多し。多人の中には自然の善人もあれども、衆人は一様ならず、教は衆人を善に導く為に施す也」 Continue reading “国学と水戸学の関係” »

生田万関連写真①

相馬御風『義人生田万の生涯と詩歌』(春秋社、昭和4年)に掲載された万ゆかりの写真

火葬に反対した奥八兵衛の抵抗運動

 天皇、皇后両陛下の「ご喪儀」の在り方を検討していた宮内庁は平成25年11月14日、葬法を火葬とすると発表したが、かつて奥八兵衛という人物が、火葬反対の運動を展開していた。物集高見著『日本の人』(国学院、明治32年7月)には次のように書かれている。
 「魚売八兵衛は京都の人なり。承応3(1654)年9月、後光明天皇崩御の聞ありて、御葬儀は、持統天皇以来の火葬の御式と聞えしかば、八兵衛、伝へ聞き手、大きに驚き、天皇は、御在世の間、常に旧典の廃れたるを嘆かせ給ひて、其復興をこそ思召したりしを、如何なれば、聖旨にもあらぬ火葬の御式を用ふるぞ、仮令、身は、魚売の賎民なるにもせよ、傍観して在るべきにあらずと、心を決して仙洞の庭に拝伏し、百司の門に跪き、日夜泣き叫びて哀願して止まざりしほどに、大方ならが、人心を感動して、遂に、朝議を一変して、埋葬の御式に依らしめたりといふ」
 明治40(1907)年5月、八兵衛に正五位が贈られている。

国家戦略特区に関する記事②

 以下、国家戦略特区に関する「神州の泉」の記事(2013年11月19日)を転載させていただきます。

国家戦略特区は第二次安倍政権になって急に出てきたものだ。
2013年の6月に、アベノミクス「第3の矢」成長戦略の要として創設が閣議決定されている。

日本における特区は大まかに3つの形として出てきている。
最初は2002年、小泉構造改革の一環としての「構造改革特区」、次いで2010年の菅政権時に出た総合特区(「国際戦略総合特区」と「地域活性化総合特区」の2種類がある。)、そして、現在の安倍政権下で出てきた『国家戦略特区』である。
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国家戦略特区に関する記事①

 以下、国家戦略特区に関する「神州の泉」の記事(2013年11月15日)を転載させていただきます。

国家戦略特区とは、アメリカ多国籍企業の暴力的収奪活動を可能にするための『アリの一穴』政策である

副題:米国多国籍企業と安倍政権はなぜ規制を親の敵にするのか!?

前大田区議会議員の奈須りえ氏が、第二次安倍政権が躍起になっている「国家戦略特区」の危険性について国民に訴えている。国家戦略特区は、今年2013年4月に「産業競争力会議」で、竹中平蔵氏が中核にいて旗を振っていたことは間違いない。
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人類文明創造へのアジア人の志─大東亜会議七十周年記念大会開催さる

 以下、『月刊日本』2013年12月号に掲載された記事とその英訳を転載します。

人類文明創造へのアジア人の志
 大東亜戦争下の昭和十八年十一月五日、六日の両日、東京で大東亜会議が開催された。東條英機総理、中華民国(南京)国民政府の汪兆銘行政院長、満州国の張景恵総理、フィリピンのホセ・ラウレル大統領、ビルマのバー・モウ総理、タイのワンワイタヤーコーン親王、オブザーバーとして自由インド仮政府首班のチャンドラ・ボースが参加し、列強の植民地支配を痛烈に批判した。
 それから七十年目を迎えた平成二十五年十一月六日、憲政記念館で「大東亜会議七十周年記念大会」が開催された。頭山興助氏と加瀬英明氏が開催実行委員会共同代表を務め、チャンドラ・ボースの兄の孫のスルヤ・ボース氏、元ニューヨークタイムス東京支社長のヘンリー・ストークス氏らが記念講演を行った。 Continue reading “人類文明創造へのアジア人の志─大東亜会議七十周年記念大会開催さる” »

蒲生君平が頼りにした「諸陵寮」とは

 蒲生君平が天皇陵(山陵)を研究調査する上で頼りにしたのは『古事記』『日本書紀』の陵墓関係記事と「諸陵寮」である。「諸陵寮」とは、延長5(927)年に完成した格式(律令の施行細則)『延喜式』の中で、朝廷が管理すべき山陵諸墓に関する記述部分。
 記紀では陵墓所在地が漠然と指定されているのに対して、「諸陵寮」では位置を明示している。
 陵墓名の下に諡号、陵墓所在地名、兆域の大きさ、四至(東西南北の境界)、陵戸や守戸の数などが記されている。