小島玄之のクーデター必然論

クーデターの必然性
戦後民主主義において、テロやクーデターといった実力行使による維新、国家改造の言説はタブー視されてきた。こうした中で、戦前から維新運動を展開してきた小島玄之は、昭和三十五年一月に「クーデターの必然性」(発表時は「クーデターの合理論」、その後『クーデターの必然性と可能性』に収録)を発表、その後半で以下のように主張した。
 「自衛隊では、若い隊員が、一朝有事にそなえ、国の安全を守るという目的から、優秀な兵器で武装し、身命を捧げて戦う訓練をうけている。その中から、違憲の疑義の投げかけられるような自衛論に、いつまでも甘んじておれず、国民の信頼を失うような議会政治の在り方や、そのうえにたつ政治指導に全幅の信頼をかけられず、信頼のおけない政権の命令のままに動くよりも、むしろそうした政治指導を刷新することこそ、国運開顕に貢献する所以であるとの自覚をもつものが、絶対にでないと誰が保証できよう。
武装兵団にクーデターを起せというのではないし、それを期待するわけでもない。無計画な、そして国民の支持をえられないクーデターが、政治的、社会的混乱を起すことはあきらかである。だから、それはあくまで避けるべきであろう。しかし、クーデターがいけないからといって、いつまでもだらしのない政治指導を許しておいてよいという理由にはならない。 Continue reading “小島玄之のクーデター必然論” »

『維新と興亜に駆けた日本人』の書評(2012年1月30日)─評者・松枝智瑛氏/『神社新報』

【新刊紹介】『維新と興亜に駆けた日本人 今こそ知っておきたい二十人の志士たち』坪内隆彦著 独立と興亜に尽力 志士たちの評伝集
『神社新報』平成24年01月30日付、6面
(前略)
坪内隆彦氏の『維新と興亜に駆けた日本人 今こそ知っておきたい二十人の志士たち』は、維新期から明治の御代にかけて、我が国の独立とアジアの復興のために一身を擲って尽力した人々の評伝集である。本書で取り上げる二十人とは、西郷南洲(隆盛)、副島種臣、大井憲太郎、樽井藤吉、杉浦重剛、頭山満、岩崎行親、植木枝盛、福本日南、陸羯南、荒尾精、松村介石、来島恒喜、岡倉天心、近衛篤麿、今泉定助、杉山茂丸、権藤成卿、宮崎滔天、内田良平だが、今では忘れられた名も少なくない。
しかし、彼らが命を賭してそれぞれの務めに邁進したからこそ、我が国の精神の命脈が保たれたことは、後の歴史が証する通りである。
二十人の業績や相貌、その時代背景等については本書各節を精読いただきたい。それらの記述からは、国家の大業に立ち向かった人々の激しい息づかひが聞こえてくるに違ひない。そして、己の胆力と知力の限りを尽くして闘った彼らの足跡を、我々はいつしか畏敬の念をもって仰ぎ見ることだらう。
(後略)
〈2100円、展転社刊。ブックス鎮守の杜取扱書籍〉
(近現代史研究家・松枝智瑛)

ノルディン・ソピー著作集

 マハティール政権の政策立案で大きな役割を果たした、マレーシアの戦略国際問題研究所(ISIS)会長ノルディン・ソピーは、2005年12月に志半ばで亡くなった。
その翌年、ソピーの代表的な論文や講演を収録した「Mohamed Noordin Sopiee, A man & his ideas : selected writings and speeches」がISISから刊行されている。

『土とま心』─橘孝三郎精神の継承

 『土とま心』は、橘孝三郎存命中の昭和48年8月、橘の従弟である橘経雄の発案で、橘の思想、人となり、著述とその内容を若い人達に知ってもらうことを目的として、楯の会第1期の阿部勉が橘の門弟の棚井勝一氏の協力を得て創刊したものである。「日本文明の先駆者」(『月刊日本』)で橘を取り上げるに当たり(最初のページ)、水戸に棚井氏をお訪ねし、いろいろお話を伺った上で、『土とま心』の全号をお借りした。
最終号となった第7号の編集後記には、次のように記されている。
「確かに、橘塾長と三島さんの思想や実践活動のあり方には懸隔があったのは否定できません。しかし、あまり知られておりませんが、両者にはかなり深い交流があったようです。橘塾長は三島さんの思想及び楯の会に強く共鳴し、自身の孫の一人をはじめ、門下の六、七名の学生を楯の会に参加させています。また、その門下の一人で楯の会一期生の篠原裕さんを通じ、著書「天皇論」五部作を三島さんに贈り、三島さんの天皇論、殊に大嘗祭の解釈にかなりの影響を与えたことは、あまり知られていない事実です」
以下に全号の表紙と目次を載せておきたい。

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タイ舞踊②

タイ舞踊の種類

舞踊の種類としては、孔雀の羽を両手に持って、お祝いのために2人組みで踊る「プラレーン」(Plaleng)、右手に金の花を、左手に銀の花を持って、男性の服装で踊る「金銀の花踊り」、両手に花の形をした壷わ持ち、王宮の夜の儀式に踊る「フラワー・ポット・ダンス」(Flower Pot Dance)、両手に一本ずつランタンを持ち、手首をひねって二つのランタンをぐるぐる回天させる「ランタン・ダンス」(Lantan Dance)、両手の指の間にロウソクをはさんで持ち、火を消さないように手首をひねって回転させながらゆっくり踊る「キャンドル・ダンス」(Candle Dance)、薄い布を持ってスピーディーに踊る「マン・ヌイ・シンタ」(Man Nuy Sinta)、親指以外の両手の指に長い爪をはめ、手首をぐるぐる回して、ゆるやかに踊る「フォーン・レップ」(Boun Lep)、武士が馬に乗って槍を持って戦うさまを舞踊化した「ランス・ダンス」(Lance Dance)、農民の豊年踊りで、二本の長い桿に足をはさまれないように通りぬけるように踊る「クラ・トップ・マイ」(Kra Top Mai)などが挙げられる。また、ジャワからマレーを経由してタイに入った舞踊として、クリス・ダンス(Kris Dance)がある。これは左手に布切れを持ち、右手に短剣を持って踊る剣舞である。ジャワのスリンピーとよく似ている(『アジアの舞踊』135~139頁)。 Continue reading “タイ舞踊②” »

タイ舞踊①

宗教と不可分の発展

多くの舞踊は、もともと宗教と不可分のものとして発展してきた。タイ舞踊も例外ではない。
タイ舞踊は、およそ1000年前にクメール人によって、インドからもたらされたとされている。その8割は、ラマキェンというラーマーヤナから取材した内容とそれに付随した挿話からなる。
インド起源の舞踊は、タイ王宮の保護を受けながら、タイ国民の温和な性格などに培われて、独自の舞踊として発展した。「タイ舞踊」(秋元加代子タイ舞踊団)は、次のようにその宗教性を強調している。
「タイの舞踊は元来、神に感謝を表す儀式で踊りを捧げるのを目的として踊られてきました。タイの民衆は山や川、森などの自然界に宿る神々を信じ、神々を喜ばせるために踊ったり歌ったりしていたと言われています」 Continue reading “タイ舞踊①” »

岡倉天心の日本精神② 『日本の目覚め』

 東洋の宗教的価値を称揚した岡倉天心は、慈悲・寛容の精神とともに調和の精神を重視した。そんな天心は、神道・日本精神についてどう語っていたのか。『日本の目覚め』の中の神道・日本精神を紹介しておきたい。(翻訳は齋藤美洲訳/『明治文学全集38 岡倉天心集』筑摩書房による)。

「歴史的知識の獲得の結果は、神道の復活となって現われた。この古代宗教はうちつづく大陸からの影響をこうむって、本來の性格をほとんど失っていた。九世紀のころは、密教の一分派となって、もっぱら神祕的な象徴主義にふけっていたが、十五世紀以後はまったく新儒學にそまって、道教的宇宙觀を受けていれていた。ところが古代學の復興とともに、神道はようやくこれら外來の要素から脱卻しはじめたのである。十九世紀にいたって裝いを新たにした神道は、一種の祖先崇拜教であり、それは八百萬の神々の御代から傳わり傳わった國粹の尊崇であった。この新しい神道は、日本民族古來の理想たる單純率直の精神を守ることを教え、萬世一系の天皇の親政に服し、いまだかつて外敵の足跡をとどめぬ神國日本に身を捧げることを教える」 98頁 Continue reading “岡倉天心の日本精神② 『日本の目覚め』” »

岡倉天心の日本精神① 『東洋の理想』

 東洋の宗教的価値を称揚した岡倉天心は、慈悲・寛容の精神とともに調和の精神を重視した。そんな天心は、神道・日本精神についてどう語っていたのか。
天心の著作の中の神道・日本精神を紹介しておきたい。まず、『東洋の理想』からである(翻訳は村岡博訳『東邦の理想』による)。

「歴史の曙光と共に大和民族は、戰に勇猛に、平和の文藝に温雅に、天孫降臨と印度神話の傳説を吹き込まれてゐて、詩歌を愛好し、婦人に對して非常な敬虔の念を懷いてゐる、こぢんまりした民族として現れてゐる」 32頁
「印度のトーラン[鳥居に似た佛寺の儀式用門]を多分に想起させる鳥居や玉垣のある清淨無垢な祖先崇拜の神聖な社である伊勢の大廟及び出雲の大社はその原型の儘に二十年毎に若さを新たにして、簡素な調和美しく、太古の姿をその儘に保存せられてゐる」 34頁
「我が民族的誇と有機的統一體といふ盤石は、亞細亞文明の二大極地より打寄する強大な波涛を物ともせず千古搖ぎなきものである。國民精神は未だ甞て壓倒せられたることなく、模倣が自由な創作力に取つて代つたことも決してなかつたのである。我々の蒙つた影響が如何に強大なものであつても、常に之を受入れて再び適用するに十分有り餘る程の精氣を備えてゐた」 35頁 Continue reading “岡倉天心の日本精神① 『東洋の理想』” »

タゴール関連文献


持続するタゴールへの関心

詩人としてのタゴールのみならず、思想家としてのタゴールについての関心は、世界的に持続している。1941年8月にタゴールが死去してから、すでに60年の歳月が経っているが、このインドを代表する思想家に学ぼうという態度は衰えてはいない。
アジア人として初めてノーベル文学賞を受賞してまもなくの1916年にタゴールは初来日しているが、その前後には多数の関連書が刊行されている。戦後は、高良とみ、山室静らの詩集の翻訳、森本達雄先生、我妻和男先生、奈良毅先生らの意欲的な研究が展開されてきたほか、なお幾多の学者・研究者の手によって研究が続行されている。 Continue reading “タゴール関連文献” »

ギタンジャリから─タゴールの詩

ギタンジャリから

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[英文]
The same stream of life that runs through my veins night and day runs through the world and dances in rhythmic measures.
It is the same life that shoots in joy through the dust of the earth in numberless blades of grass and breaks into tumultuous waves of leaves and flowers.
It is the same life that is rocked in the ocean-cradle of birth and of death, in ebb and in flow.
I feel my limbs are made glorious by the touch of this world of life. And my pride is from the life-throb of ages dancing in my blood this moment. Continue reading “ギタンジャリから─タゴールの詩” »