「満川亀太郎」カテゴリーアーカイブ

アメリカ黒人問題研究の先駆者・満川亀太郎

 戦前の民族派は、抑圧されたあらゆる民族の解放を願っていた。その先頭に立とうとしたのが、北一輝、大川周明らと猶存社で活躍した満川亀太郎である。彼は、中学時代から黒人差別の問題を意識していたが、大正9年夏、ジャマイカ出身の黒人民族主義の指導者マーカス・ガーベーの運動の盛り上がりを目の当たりにして、黒人問題についての日本人の認識を高めようと考えた。
 黒人問題の全体像についての研究を推進、大正14年に『黒人問題』を刊行する。同書では、黒人に関する人類学的研究、黒人の人口分布に触れた上で、アメリカの黒人奴隷の歴史、黒人解放運動等について述べるとともに、「黒人共和国建設運動」に一章を割いて、ガーベーについて詳しく記述している。
 同書の巻頭に、満川がわざわざ掲載したのが、リンカーンと牧野伸顕が並ぶ写真だった。これは、アメリカの黒人家庭の部屋に飾られていたものである。満川はその光景を目の当たりにし、牧野が大正八年二月に日本全権として、国際連盟規約に人種的差別撤廃を入れるよう提案したことが、どれほど差別された有色人種の心に訴えるものがあったかを思い起こそうとしたのである。
 ちなみに、わが国の民族派にはアメリカの黒人運動の指導者となった人物もいる。黒龍会の中根中である。アメリカに渡った中根は、昭和8年、デトロイトの黒人街で活動を開始、「日本人は黒人と同じく有色人種であり、白人社会で抑圧されてきた同胞である。そして、日本は白人と戦っている」として黒人を扇動して、白人社会の打倒を訴えた。一時は10万人を動員して黒人暴動を多発させたという。

佐藤文雄と維新派言論機関『大気新聞』

「真の文明なる理想の社会建設の為に全力を傾注する」

 松村介石、満川亀太郎、大川周明らの思想的影響を受けて、独自の興亜・維新運動を展開した佐藤文雄は、大正15年4月に宮城の気仙沼で大気社を創設、『大気新聞』を発刊した。言論機関としての高い志は、創刊号の次の一文に示されている。
「現代文明社会に於て社会教育機関として又報道機関として新聞紙の必要なることは吾人の今更論ずるまでもない所である。然しながら現今公にせられてゐる新聞を見るに其の何れもが新聞本来の目的から遠ざかり徒らに一方に偏し情実にとらはれ、営利のみ目的とし公明を失してゐる、殊に地方に横行する新聞の如きに至っては其の低劣なるに吾人の等しく遺憾とする所である、かかる現状を黙視するに忍びず決然として起ち……真の文明なる理想の社会建設の為に全力を傾注するのは吾が同人の大気新聞である」 Continue reading “佐藤文雄と維新派言論機関『大気新聞』” »

晩年の満川亀太郎─惟神顕修会での修業

 北一輝、大川周明とともに猶存社三尊と呼ばれた満川亀太郎は、日本精神の把握を目指し、不断の努力を重ねた。猶存社解散後の大正13年秋には、民族派の同志、渥美勝、田尻隼人、澤田五郎や出雲大社教の千家尊建らとともに「聖日本学会」を結成していた。「日本精神を研究し、体現し、煥発し、以て神聖なる天壌無窮の皇謨、荘厳なる天業の恢弘を扶翼する」のが目的であった。ただ、同会の運営は軌道に乗らず、昭和3年11月には渥美が死去、やがてその精神は昭和8年2月に、大森曹玄、西郷隆秀らの直心道場に引き継がれた。満川は、再び聖日本学会の精神を再興すべく、昭和10年9月、自ら理事長となって惟神顕修会を旗揚げした。その趣旨を次のように謳った。
「……茲に相胥りて惟神顕修会を起し、広く天下同憂の士と相提携し、身心を清浄にして神前に跪坐し、神明に冥合し、以て皇国遠大の雄飛を庶幾せんとす。/吾人の念願は身を修むるに在り、魂を磨くに在り、惟神の路を践行し且之を弘宣するに在り」
惟神顕修会には、千家尊建、田尻隼人、澤田五郎、大森曹玄ら「聖日本学会」の同志のほか、雑賀博愛、鹿子木員信、草鹿龍之介らが参加し、顧問には、靖国神社宮司の賀茂百樹と、白川家第三十代の雅寿王の曾孫にあたる第33代白川資長子爵が就いた。 Continue reading “晩年の満川亀太郎─惟神顕修会での修業” »

長谷川雄一、福家崇洋、クリストファー・スピルマン編『満川亀太郎日記』の書評

以下、『月刊日本』2011年4月号に書いて、『満川亀太郎日記』の書評です。


敗戦・占領によって形成された自虐的な歴史観から脱却し、戦前の民族派・維新派の思想と行動に積極的意義を見出そうとする研究が進展する中で、そうした研究における実証的分析が要求されるようになっている。
特に民族派の思想形成過程や運動の実態を分析する上で、行動の記録である日記、日誌は重要な資料となる。大正期以降の民族派運動の中心の一つでもあった猶存社、行地社に関わる日記としては、これまでに『大川周明日記』(岩崎書店、昭和六十一年)、『北一輝 霊告日記』(第三文明社、昭和六十二年)などが刊行されているが、大川の日記が本格的に始まるのは昭和十一年六月からであり、大正期、昭和初期の分析には不十分である。こうした中で、猶存社、行地社の創立に際して中心的役割を果たした満川亀太郎の日記をまとめた本書の資料的価値は極めて高い。
猶存社は大正八年八月に結成された民族派団体であり、渥美勝、何盛三、笠木良明、鹿子木員信、嶋野三郎、西田税、安岡正篤といった人物が同人として名を連ねていた。その結成に当たり、上海にいた北を呼び戻して参加させようと提案したのは満川であった。彼は北、大川とともに猶存社の「三尊」とも称された。 Continue reading “長谷川雄一、福家崇洋、クリストファー・スピルマン編『満川亀太郎日記』の書評” »

長谷川雄一、今津敏晃、クリストファー・スピルマン編『満川亀太郎書簡集』の書評

以下、『月刊日本』2012年9月号に書いた、長谷川雄一、今津敏晃、クリストファー・スピルマン編『満川亀太郎書簡集』の書評です。


昭和七年の五・一五事件で三上卓らとともに決起した古賀清志は、翌八年三月十日、横須賀海軍刑務所における訊問調書で決起に至る自らの思想形成過程を次のように語った。
海軍兵学校第三学年の時、同じ佐賀中学を卒業した藤井斉から白色人種の横暴を説明され、将来日本が盟主となって亜細亜民族の大同団結を図り、白色人種と有色人種を対等にしなければならないという「大亜細亜主義」の説明を聞き、その実現のためには日本国家の改造を要すると力説された。そして、大正四年冬の休暇中に、藤井の勧めで東京市内宮城旧本丸内にあった「大学寮」に起居し、満川亀太郎、大川周明、安岡正篤らに会い、現代日本の行き詰まった情勢を聴いた。
大正八年に維新と興亜を目指す「猶存社」が設立され、大川と満川は北一輝とともに「猶存社」三尊と呼ばれるようになった。彼らは大正十三年以降、「行地社」を拠点に活発な維新運動を展開していくが、本書には北、大川の書簡も多数収められており、北、大川、満川三者の関係の変遷も読み取ることができる。
「大亜細亜主義実現のための国家改造」という満川ら興亜思想家の考え方が古賀清志らに与えていた影響の大きさを、本書に収められた書簡は如実に物語る。例えば、昭和二年一月十二日に古賀が満川に宛てて書いた書簡には、次のように書かれていた。
「多難であった大正の御代も去り新しく昭和の御代となりました。私等道に志す者の為すべき御代ではないでせうか。建実なる日本と亜細亜の確立、道義の世界。私はいつもあせりがちでいけません。事を為す迄には其だけの否より以上の基礎が必要ですが、其迄の修養や努力は一般の人とは大差がなければならないと思ひます。私も出来るだけ識見と謄力を養ふべく努力してゐます」(102、103頁)
編者のクリストファー・スピルマン博士が指摘しているように、古賀の書簡には「我等も時と場所とにより悪に対して天誄を加へることもあります」とも書かれており、国家改造のためにはテロも辞さないという覚悟が、五・一五事件の五年前から芽生えていたことを窺わせる。 Continue reading “長谷川雄一、今津敏晃、クリストファー・スピルマン編『満川亀太郎書簡集』の書評” »

満川亀太郎関連文献


書籍

著者 書籍写真 書名 出版社 出版年 備考
長谷川雄一、今津敏晃、クリストファー・スピルマン編 満川亀太郎書簡集―北一輝・大川周明・西田税らの書簡 論創社 2012/07
満川亀太郎著、長谷川雄一、福家崇洋クリストファー・スピルマン編 満川亀太郎日記―大正八年‐昭和十一年 論創社 2010/12
満川 亀太郎 ユダヤ禍の迷妄 書肆心水 2007/05
満川亀太郎著、長谷川雄一編・解説 三国干渉以後 論創社 2004 (論創叢書 4)
拓殖大学創立百年史編纂室編 下 滿川龜太郎 : 地域・地球事情の啓蒙者 拓殖大学 2001
拓殖大学創立百年史編纂室編 上 滿川龜太郎 : 地域・地球事情の啓蒙者 拓殖大学 2001
満川亀太郎著 三国干渉以後 伝統と現代社 1977
満川亀太郎著 三国干渉以後 平凡社 1935   Continue reading “満川亀太郎関連文献” »

玄洋社とムスリム

興亜論者とムスリム
世界の道義的統一を目指した日本人たちは、東アジアだけでなくイスラーム諸国に対しても特別な関心を払っていた。その中心にいたのが興亜論者であった。
彼らは、欧米に抑圧されるムスリムの惨状を我が事のように考え、欧米列強の植民地支配からの解放を目指して協力しようとしていた。  Continue reading “玄洋社とムスリム” »

王師会─青年将校の義憤

藤井斉が同志を糾合

 王師会は、海軍の王師会が昭和3年3月に海軍部内の青年士官中の同志を集めて組織した。藤井は、海軍兵学校在学中に休暇等を利用して、大学寮に出入りしていた大川周明、満川亀太郎、安岡正篤、西田税らと接触し、国家改造の必要性を痛感するようになっていた。 Continue reading “王師会─青年将校の義憤” »