「日本=「アジアの博物館」」カテゴリーアーカイブ

石井竜也「亜細亜の空」に込められた「亜細亜は一也」

 本日(2013年9月2日)は岡倉天心の没後100年の命日。映画「天心」完成披露試写会が東京藝術大学の奏楽堂で開催された。
15年ほど前に『岡倉天心の思想探訪』を出版したためか、御招待を受け、『月刊日本』の南丘喜八郎主幹、映画批評を連載していただいている奥山篤信先生とともに参加した。
天心を演じた竹中直人さん、主題歌を担当した石井竜也さん、監督の松村克弥さんらが舞台挨拶した。
映画の評価は専門家に任せるとして、主題歌について一言。実は、石井竜也さんの曾祖父は天心と親交があり、石井さん自身も、幼い頃から天心縁の地である五浦に遊びに行っていたという。天心とそんな深い縁のある石井さんが作ったのが、主題「亜細亜の空」。天心の「アジアは一つ」という言葉を広げられないかと思い、天心の思いを歌にした。石井さんは「アジアという大きな括りの中で、日本画壇を必死に守り抜いた岡倉天心という巨人がいた、ということを、映画をきっかけに、広く知ってほしいなと思います」とも語っていた。
「亜細亜の空」には「亜細亜は一つ」というフレーズも出てくる。「亜細亜の空」はアルバム「WHITE CANVAS」に収録されている。

大川周明のアジア統一論

宋学によるアジア思想統一の歴史

近年、アジアの多様性を強調することによって「アジアは一つではない」と説いたり、日本文化の独自性を強調することによって「日本はアジアではない」と説いたりする傾向が目につく。こうした中で、大川周明が「大東亜圏の内容及び範囲」(『大東亜秩序建設』第二篇、昭和18年6月、同様の主調が『新東洋精神』昭和20年4月でも繰り返されている)や、「アジア及びアジア人の道」(『復興アジア論叢』昭和19年6月)で試みたアジア統一論の意義を、再評価する必要がある。
彼は、「大東亜圏の内容及び範囲」で、アジア各地で地方的色彩が豊かであることを認めた上で、「亜細亜文化の此の濃厚なる地方色と、亜細亜諸国の現前の分裂状態とに心奪われ、その表面の千差万別にのみ嘱目して、日本の学者のうちには東洋又は東洋文化の存在を否定する者がある」と指摘する。 Continue reading “大川周明のアジア統一論” »

南方系社会と神の森の信仰

『南の精神誌』の主張

 日本の神社の起源はどこにあるのか。南方系説を唱える岡谷公二氏は、『南の精神誌』(新潮社、2000年)において、次のように書いている。
「インドネシアは一般にイスラムを宗教としているが、バリはヒンズー教を信じるほとんど唯一の島である。しかしインドのヒンズー教とは大分様相が異り、土着の宗教と習合していて、どこか日本の古い信仰を思わせるところがある。プラとは、このヒンズー教の聖地で、寺と訳されることが多いが、あきらかに神社に近い。チォンディ・ブラタールと呼ばれる独特の割れ門や、プラをかこむ壁の表面にヒンズーの神々が所狭しと彫刻されていることも多いけれど、中には一切彫刻がなく、森だけのところもある。神域内の樹木は一切伐採を許されず、その上台風が滅多に来ない島なので、プラの森はどこも深い。とりわけワリギンと土地の人々の言うガジュマルの中には、想像を絶する巨木がある。そうした森が、棚田の彼方に浮かぶさまは、まさに鎮守の森だ。田舎で出会った、米の神を祀るというプラなどは、森の中に建物が一切なく、柱の上にのった小さな祠だけで、御嶽と少しも変らなかった」(190頁) Continue reading “南方系社会と神の森の信仰” »

異教寛容の風土が育てた唐代文化

 正倉院には、聖武天皇の遺品や東大寺大仏の開眼供養献納品を中心にした宝物が伝世されている。調度品、仏具、遊戯具、楽器、文房具、服飾品、武器など、その数は9000点を超える。
この正倉院宝物は、中国唐代の美術を反映している。西谷正・九大文学部教授(考古学)は「宝物は、遣唐使などが利用した鴻臚館を経由して、正倉院に運ばれたと考えて間違いない」と指摘している。鴻臚館は、唐や新羅などの外国使節を迎えた大宰府政庁の外交施設(旧名称は筑紫館)で、跡地は福岡市の平和台球場付近。
唐代には、美術・建築だけでなく文学や音楽など、さまざまな文化が花開いた。日本の雅楽にも大きな影響を与えた中国伝統音楽の基礎ができ、才能のある女性たちを集めて楽器や歌、踊りも学ばせるための教坊ができたのもこの時代である。
鴻臚館跡地
http://www.port-of-hakata.or.jpより Continue reading “異教寛容の風土が育てた唐代文化” »

井筒俊彦の精神的東洋

天心の着想と共時的構造化の試み

1982年、井筒俊彦は『意識と本質―精神的東洋を索めて』の後記において、次のように書いた。
「東洋哲学─その根は深く、歴史は長く、それの地域的拡がりは大きい。様々な民族の様々な思想、あるいは思想可能体、が入り組み入り乱れて、そこにある。西暦紀元前はるか遡る長い歴史。わずか数世紀の短い歴史。現代にまで生命を保って活動し続けているもの。既に死滅してしまったもの。このような状態にある多くの思想潮流を、『東洋哲学』の名に値する有機的統一体にまで纏め上げ、さらにそれを、世界の現在的状況のなかで、過去志向的でなく未来志向的に、哲学的思惟の創造的原点となり得るような形に展開させるためには、そこに何らかの、西洋哲学の場合には必要のない、人為的、理論的操作を加えることが必要になってくる。 Continue reading “井筒俊彦の精神的東洋” »

折口信夫のアジア統一論

産霊とマナによる統一

安藤礼二氏は、折口信夫が北一輝・大川周明・石原莞爾ら「超国家主義者」たちがアジアの統一・協同させる政治的・経済的な革命を志向したのに呼応するかのように、信仰上の、精神的な革命を断行しようとしたと捉えた(安藤礼二『神々の闘争 折口信夫論』講談社、2004年、111頁)。そうした折口の試みは、日本の古道を普遍宗教として提示し、イスラームを含めた他の宗教との融合を模索した田中逸平の試みとも通じている。安藤氏は、次のように折口の信仰上の革命をまとめる。 Continue reading “折口信夫のアジア統一論” »